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瓯北集
『甕北全集』七種
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瓯北集
趙翼
中国
古代
図書
公益
全文読解
元の言語
収録
書名
瓯北集
所属
中国
言語
古典中国語
著作権
著作権が切れている
著者
清朝
:
趙翼
1729
-
1814
字
:
ユ・チョン、雲松、雲崧、耘松
号
:
瓯北
清朝
-
陽湖県
現在:
中国
-
江蘇省
-
常州市
リンク:
人名权威
CBDB
印行
叢書
清朝
:
『甕北全集』七種
出版社
清朝
:
趙翼
唐氏寿考堂
言語
繁体字中国語
印行
糸綴じ
縦書き
目次
/試し読み
計13冊 2137 ページ
1 - 10
11 - 13
|
すべて
1
159 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻一
古詩二十首
東坡洗硯池歌
梅花の詩
舟夜
杭丈応龍は先君の親友でもあり、私が長らく学業を疎かにしていたことを案じて、二人の息子に……詩を詠ませ、その思いを記させた。
杏川の白峯、廷宣、震峯と共に春を楽しみ、酒を酌み交わして歌を詠む
江陰にて君山に登り、詩を詠む
閻典史祠の題字
紅梅
題:史翼宸 明経 天尺軒
呈家謹凡教授
歩邨落偶成
青山荘歌
性海和尚への戯れ
十不全歌
苦雨
新霽、杏川の諸人と散策する
五牧鎮は、宋の将軍・尹玉が戦死した場所である
題:黄丈季の梅花遊覧の小さな写真
遊陽山清水洞
陽湖の夕暮れ
黄天蕩懐古
題:明太祖陵
太平寺の塔を修める歌
題:顧氏水榭
一飯
遊恵山
秦園
冬の夜、布の布団を泥棒に盗まれた歌
巻二
都へ入るにあたり、別離の意を込めて、杏川・白峯の諸同人に
北行
揚州へ向かう途中、ある貴人の舟の舵楼に立ち寄り、早急に旅立つつもりだったが、まさかあのような接待を受けるとは……鬱憤を晴らすために詩を詠んで送る
揚州雑詠
邵伯提
高郵道中
露筋祠
淮陰釣台
天妃宮
舟宿河堤
宿遷への道中
張子房祠
微山湖の堤防での夕暮れの散歩
守牐
柁楼にて即興で題す
分水龍王廟
舟行絶句
その場
ボドゥ町、それだけです
都に入っては、義父である劉午巖先生の邸宅に身を寄せた
敷廷は病に伏し、僧院に滞在した
『岣嶁碑』の歌 劉穆庵と共作
都門の古跡を詠じ、延寿寺を得る
賀穆庵の側室の迎え入れ
敷廷を送り帰す
津門へ
津門より葉東壺運使に献上
客興
座主の休寗汪公が、わざわざお招きくださり、ご宿泊いただいたことに感謝し、謹んで献呈いたします。
土城懐古
題:王摩詰『輞川雪渓』小幅
午巖先生を南へ送り出す
八月十六日の夜、月を眺めて
『新安汪氏双忠節歌』汪用明上舎のために作
巻三
壬申年に科挙に落第して作
内弟の劉敬輿を閩中の官職へ送り出す
新任の学者、王英が南への旅に出るにあたり。
杏川・白峯の諸同人に寄せて
魁星像の戯れ題
野菊
杭廷宣の訃報に泣く
『人境廬詩』は蓬洲の同窓生のために作られました
寒夜、澄んだ心で園を歩き月を楽しむ
「済夷斎:徐年先生に献上する時事風刺」
消夏絶句
時晴斎にて王穀原舎人と小酌
題:汪用明『風樹吟秋図』
題:董石芝の印譜
沈倬其と同年に花を見て詠んだ絶句
中書舎人に任じられたが、その後官職を辞して学問に専念した
南帰
徳州の南に「嘉馬営」という場所がある。白石の詩集の序文において、彼はそこが宋の建国者の生誕地であると主張しているが……この詩はそれを正すものである。
分水廟
舟中で楊奉周・儲玉の二人に孝廉の書状を贈る
下相懐古
尹制府の幕舎にて、袁子才の詩集に題した
淮隄
瓜歩に宿し、老僕に書す
金山寺を巡る
家に着く
杭応龍先生の墓に泣く
黄季遊との邂逅
垂楊
『花燭詞』は沈佩蘭秀才の作である
私の粗末な住まいは今にも崩れ落ちそうです。少し手直しをして、詩を添えて完成させようと思います。
丹徒の江邨に住む宗老が、私を招いて魛魚を振る舞ってくれた
圌山は、張世傑が敗北した際に駐屯した場所である
都畱、別杏川、白峯、震峯の諸同人に捧ぐ
金山塔の頂上に登り、歌を歌う
江上で帰雁に出会う
漂母祠
汶上の旅先の壁に題す
暁行
阜城咏古
白溝河は遼と宋の境界であった
楼桑村
暁起
巻四
平定準噶爾鐃歌
戴琬『草根鬬蟀図』
大学士海昌陳公の賜第への転居を祝して
劉穆庵侍読が、私の近作を見て、わざわざ佳句を賜ったため、その韻に倣って答詩を捧げる
汪幼泉、民部新設の書室にて酒宴を催し、賦の作を募る
雑耍を観る 二首
元日の早朝、直ちに内閣の当直を務めた
二月の二日、大雪が降りしきる中、夜、書斎に独り座っていると、内亭を思い出し、東坡の韻を踏んで、同志、歓芳、銭敦、唐を招いて共に詠んだ。
題肅本湻化帖
王露仲舎人への戯れ
次韻、袁子才の寄作に答えて
顧襄臣秀才が天津から訪ねてきた
贈耐亭
『周小史』の扇子の柄に書かれた戯画
園居七首
金魚
裘少宰師の寓園に新築された楼閣に滞在し、二首の絶句を賦す
同耐亭郊行
百体による「寿」の字
題画
2
157 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻五
軍機夜直
即興の郊外行きの即興の風景、まさに潄田や秋帆らと同様である
檀柘寺を遊覧する
美人春睡図
古北口を出る
青石梁
山田
木蘭
デン・ビル・ハル・バジダ・バハン
巴顔溝の大雨、梅の秋、竢舎人の馬が雷に打たれて死ぬ歌
山行
『擬秋獮応』 御製
梅の花に寄り添う旅の雑詩
弟の汝明を悼む
尹望山が制府として入覲する際、春和相公が私に代わって詩を詠み、互いに冗談を交わすよう命じた。公が旅立つにあたり、これを賦して嘲りを解く。
『王麓台』題画冊
元旦の日、彼は顧北斋の舎仁らと共に宮中で番を勤め、京兆の官吏である沈福山……や他の舎仁たちを招いて詩を詠んだ。
西廠で花火を見る
新しく雇った使用人の銭という者は、詩や書にかなり長けており、彼を称賛する。
『食田鶏』戯作
たまたま元代の詩人・呉贊夫の詩集を読み、その作風にならって遊び心のある詩をいくつか詠んでみた。
午巖先生を悼む
南天門
山塢
星衛集星
山帰夜
畢秋帆、蔣漁邨と共に朝陽門外の東嶽廟を巡る
同年、方慕雨は進士に及第し、絵画『舟で南へ帰る』の序として四つの四句を詠んだ。
汪経耘と共に編纂・修纂
題:王摩詰渡水羅漢図
年の瀬に、刑部司馬の劉蘭謙が、刑部の朱玄や進士を招き、吏部の張希子らを招いて……その場で即興の詩作が行われた。
題:敦思の兄の「硯を洗う図」
巻六
ハミウリ
椿樹衚衕に居を移す
夜直
湯肖山氏の道服姿の小さな写真に題す
母は身重の身で、私を連れて都へやって来た
題:粤東の百歳翁・劉作菴の「宛在亭図」
再び古北口を出る
木蘭の狩猟の功績を称える
恭和
白峯の訃を悼む
悼亡
新しく借りた家に、くつろげる小さな楼閣があったが、狐が多く出没したため、詩を詠んで祓った。
汪文端師が亡くなってから数ヶ月が経つが、その悲しみを綴ろうとするたびに筆が止まってしまい……計千字
軍機から内閣へ
柳如是の小像
冬の夜、友人と共に章習の家の前で宴を催す
題蘗庵の僧の遺像
俸禄米
張吟薌秀才への贈り物
巻七
文心郭の祠にて、方方と共に最終章を執筆し、李文水氏を偲ぶ。
題吟薌夢遊竹葉庵図
偶題
張廉船上舎に贈る 即ちその書簡の余韻を用いる
苦熱
郊外での散歩
次吟薌韻
民衆寺にある石壇は、唐の太宗が高句麗遠征から帰還した際、兵士の遺骨を埋葬した場所であると伝えられています。
恭和
許松堂による亡き愛人の肖像画への題字
北墅にて田を耕し、西洋の楽器を観る
題:総憲劉繩葊師の鏡影図
題:吟薌所蔵の扇頭美人
『姮娥奔月図』への戯れ題
『大雨倒墻』の戯筆
題:唐の明皇の馬上球図
夏の夜に気ままに綴る
飲倪敬堂少僕寓齋次韻
『心餘挙』第四巻 雛の筆を走らせて祝う
耐亭寄園にて月見の散歩
陳玉亭の出守に際して
江頤堂上舎は病のため試験を最後まで受けられず、詩を詠んで慰めた
相師・彭鉄嘴への贈り物
賀舫葊挽詞
平定囘部鐃歌
南苑大閲恭紀
巻八
元日の早朝
北の別荘に青を伴い、寿雪を蒔き、亭や竹の軒、郊外の庭園で涼を楽しむ
汪幼泉の死を悼む 民部
于闐玉歌
古北口
驟雨
倪敬堂の韻を踏んで 若き日に玲瓏山を訪れた際の作
王礼堂の光禄木蘭の詩に倣い、その贈り物への感謝を詠んだ作品
護送の旅における雑詩
古北口へ
暁行 大寒
文端師の二人の息子は、余が教えを授けた弟子でもあり、その兄の民……彼は五師を
観囘人繩技
春和相公の四十歳の誕生日を祝う詩
文端師の二人の息子が初めて都に入った際、かつての賓客たちは皆、彼らを嘲笑し、「何たる……の才か」と嘲ったが、実は知っていたのだ
巻九
臚伝紀
写真詞
沈錦への贈り物として書写
恭和
倬が南へ帰る際、ちょうど進士に合格したばかりで、帰郷を待っていた
王永明は、紅袖が香を添え、書物の小さな肖像画に添えて、即座に題名を作り、任に送った。
翰林院には土地祠があり、伝承によれば韓昌黎を祀り、その詩によって嘲笑を和らげている。
題:申榿林『桃葉渡江図』
恭和
友人と共に洛陽の古を偲ぶ四首
納涼
題:某、蕉陰にて撮影
修史漫興
賀秋帆が編纂し、納妾次が諸桐嶼の韻を編修した
王詒堂が編纂にあたり、陶然亭に客を招いたが、私にはその機会がなかった……海棠の約束
喜敷廷の甥の孫が京に到来
執筆を命じられ、一編を執筆した
贈説書紫鬜
汪水雲の硯歌
分試験場における秋季試験
分校雑詠
藍筆を詠む(次韻)
即興
陶然亭
北墅のために「歳寒三友図」を題す
拂珊京の居を、汪文端先生のご旧宅に仮住まいとした。その傍らに小さな庭があり、先生が題字を……した。そこでその韻を踏んで詠んだ。
友人が家の難により投獄され罪に問われたと聞き、これを悼む
里中杭生は、汭潮の先友である杭雲龍の子であり、その兄は廷宣、また余……感賦二首
魯河の逸話
3
175 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻十
『散館恭紀』二首
新進士の引見 余が校訂した『士館選』の候補者5人を紹介し、喜びの賦を詠む
病から回復した際、医師の王又寗に贈る
歳暮、裘家街に転居し、桐嶼にて贈られた詩に原韻で応ず
蔣心餘編修の南帰に際して
心余にあって、帰舟安穏図を題材とし、別れを惜しみ送りを詠んで十二の絶句を賦す
眼鏡の初期の使用
顧北墅の蒲圑の小さな写真に題す
「扶桑」「広路」「趙通」「同悦」「秋帆」「晴天」「青寨花見酒会」;昨年の韻を踏む。
寿尹望山相公七十
連日の筆墨の応酬、これを記して一笑
弄璋歌賀拂珊光禄
王夢楼侍読の臨安赴任に際して
王勿斎の『孝亷観潮遺照』に題し、令嗣の潄田郎中に捧ぐ
『査初白集』には、その文体を模倣した門神の詩が収録されている
植樹
喜吟薌、京へ至る
夢亡内作
題:王又寗の独立図
題:吟薌が編纂した『蔡文姫帰漢伝奇』
銭茶山司寇より『大集』を賜り、拝読の余り、ここに敬意を込めて後書きを記す
後園居詩
題:熊鶴嶠編修画冊
吟薌は、約20日後に必ず来ると約束していたが、すでに一ヶ月余りが過ぎた。詩を詠んでその帰りを待ち望む。
題画
巻十一
万柳堂詠古
曲阜の孔葒、谷孝亷は吟薌の友である。かつて私はその紅……意の詩を詠んで答えた。
『薌南帰』を贈る
程尺木上舎の夢雲図
張亷船へ
蔣澄川民部灌園の肖像
裘少宰は師の命を受け、故郷へ帰ろうとしていたところ、畿南の水利事業を視察するよう詔を受けた……謹んで四律を成す
鄒衍の補遺
九日、陶然亭にて同人の小集
張氏の次男、門番の董洞庭を悼む
同年、方穆宇は都に召され、昔話を語り聞かせた。
同年、平姚海明府の推薦により都に入り、賜官された
民部・呉鑑南への献呈
呉民部・寓斎より『商宝意太守詩集』を借りて読み、題に因んで長句を詠む
宝儀兄は、論文を提出した後、雲南の知事に任命された。
『観家人の漬物』を詠んで四十韻を成す
周山茨侍講に蒼梧への赴任を祝して
火判官・西永
3月13日、程蕺園舎人が銭籜石、辛楣の両学友を招き……二律を分賦した
工部郎から衛輝の守に転任する房師趙検斎先生への贈り物
牧園が高安の県令に赴任する際、送る
題:蔣南『州牧松陰調鶴図』
吟薌は賦を献じて試験を終えると、再び京の試験場へ赴いて試験を受けた
漫興
題:薌鏡影小照
荘似は我が郷の才士であり、上舎の職に就いていたが、三献賦を捧げてその任を退き、今、京へ試験を受けにやって来た……彼を見送るためにこの詩を詠んだ
喜吟薌、京兆の試賦に登り、十二韻の賀賦を賦す
陶然亭同人小集
有以疎慢見責者書以誌愧
可光の義弟に、秋の試験の結果を伝え、南へ帰る
童梧岡氏に贈り、湖南の視学に赴く際、桐嶼・辰州の諸氏へも送る
蒙
聚奎堂、壁の間にて明代の王哀の韻を踏んで、同考諸公に捧ぐ
尹相公の還朝を祝う詩
友人が鄴城を懐かしむ詩を見せてくれたが、魏の瓦や斉の磗石ばかりを大げさに謳っていた……そこで八首を補作した
義弟の劉敬輿が広西で官職を辞して故郷に帰った際、慰めの詩を送った
劉邦甸の都への旅立ちに際して
題:袁止が政を執る中、私が周旋した図
題:慶雨林の水石の清らかな趣を写した小写真
題:慶樹斎少宰方山静憩図
久しく家便りを得ていなかったが、中馬生浩から手紙が届き、彼が京にやって来たことで、母上がご無事であることを初めて知った。また、弟が新たに一子に恵まれたとの知らせは喜ばしい。
歳暮に薌に詠む
巻十二
丙戌の元旦に筆を執る
上元祭の翌晩、子供たちと一緒に市で提灯を見物した
暁に西便門を出る
『韋鉄夫の教諭授経図』を題し、令嗣の約軒が編修
黄烈婦の挽歌
項任田を吏部に送り、休暇を得て歙へ帰らせる
手元にある余分な本を郵送する
科挙試験の試験場に入り、各校に分かれて、総裁である尹相公の壁間の韻を踏んだ詩に和し、併せて同考の諸公に捧ぐ
巻をめくり、再び前の韻を踏む
尹公より詩を賜り、その韻に倣って和歌を捧ぐ
前韻を踏む
合格発表を待って、再び壁間の韻を踏む
紀辛齋侍御房巻は、総裁の韻をほとんど用いておらず、興を遣わして和歌で解き明かしている
邵乃亭の「万巻楼」の絵に記された銘文。これは彼が南下する際に持参するために贈られたものである。
落第した義弟の劉可型を当門の宿舎へ送り届ける
門下の穆凌煙が癸未年の科挙に合格し、今年初めて廷試に合格したが、まだ順番待ちのため帰郷することになり、彼を見送る詩を詠んだ
慰蕺園下第
璞が科挙に落第した後、軍機処に入職したことを祝して、彼をからかうために詠んだ詩
亡き子への哀歌 耆瑞
吟薌を山左へ送る
夜更けに酔って帰宅し、寝室の戸をくぐると、亡き息子の病床での息遣いが聞こえるようで、その魂が今も私のために戸口で待っていてくれるのだと知った。
題:曹檀漘『柳汀観稼図』。令嗣の依頼に応じ、編修の任に就く際、ちょうど令嗣が休暇を願い出て実家に帰省していた。
聞桐嶼罷官却寄
中秋の夕べ、亡き子を偲んで
竹君述庵蕺園来殷耳山璞函小集寓斎即事
題:銭方壺『歳寒小照』 令嗣・辛楣学士に贈る
題:査恂叔太守の榕巣図
題述庵蒲褐山房冊子
「紅薬が階段を転がる」という題の賦
「賢不家食」の賦
千章夏木清
野に時雨を含み潤す
南風が吹いてくる
律中蕤賔
天子、絺を始む
平秩南訛
五月、螽が股を動かす
竹の矢には筠がある
月中の桂樹
寒流集細文
春蚕が繭を作る
玉水方流
徳車結旌
蟻が九曲の珠を穿つ
巻十三
奉
道中で大雪に遭遇した
汶上の旅の壁に題す
邳州への道中、ある士人が水辺に草の堤を築き、車が通るたびに輅(ろく)を引き上げる手助けを求め、金銭を要求した。無芸はこれに因んでこの詩を賦した。
歌風台懐古
古州に着いたが、風のため数日間足止めを食らい、渡ることができなかった。退屈を紛らわすために詩を詠んだ。
太恭人の蘇州・杭州への旅に同行し、母方の叔母である沈太君や、母方の従姉である張太君にもお招きした……これもまた楽しいことである
五人墓
吟薌、石湖に遊ばれる
西湖咏古
岳忠武の墓
大石仏歌
舟は銭塘江に出航した
富春道中
釣台
常山道中
鄱陽湖懐古
滕王閣
樟樹鎮は王文成の誓師の地である
袁州の城外にある石橋は最も雄大で、厳世蕃の作と伝えられている
萍鄕
浮湘
舟行
衡山
呂陽杜公廟
永州道中
鏵觜は湘川と灕川の分水嶺である
斗河
風洞山は、瞿式耜と張同敞が殉節した地である
陽朔山
過昭平峡
横州晤荘似 著
『ガイドシアン・リーディング』:王文成の『平州の莫爾岩に捧げる讃歌』
落皮樹
鎮安の風土
鑒隘塘の滝
行の端
下雷道中
樹海歌
左州の官舎にて、州牧の呉蓀圃と会った
田州
陽朔山にて、群れをなす猿が下で水を飲むのを見る
舟行
蓮花九〓
署の後、独秀山に一穴あり、その深さは甚だしく、伝承によれば、そこに黒猿が出現すれば不吉であるという……詩をもってその異事を記す
于役養利
崑崙関詠古
賔州
かつて守官を務めた韋緑は、職務を終えてもなお二年間、鎮郡に留まっていたが、今回、都へ戻ることを願い出た。別れの詩を贈る
巻十四
奉
何坦夫が州牧として内転し、刑曹に転任した際、私も別れを記すために滇行の詩を詠んだ。
土富州の竹橋まで十余丈の地点で、洪水により橋が流され断絶していたため、現地の住民が修復し、徒歩で渡れるようにした。放翁の「度筰」の韻を踏んで。
響水塘
慶遠守・博晰斎の先輩もまた命を受けて雲南へ赴き、私が土富州に到着した時には、すでに数日先に出発しており、後から手紙が送られてきた。
従軍行
特磨道中
西陽江を越え、大嶺にて雨に遭う
宜良県
滇城
滇海
碧鶏関
楚雄にて秦帖斎に留まり、酒を酌み交わし、即座に贈る
楊畏知祠
洱海
下関
合江の宿にたどり着いて宿を取ったところ、突然京の兵がやって来たため、山の裏へ避難した。
娘娘呌狗山
題:大覚寺
黄連舖に宿る
瀾滄江
国儀祖父は、宰相兼辺防軍司令官として、永昌に知事庁を開設するよう命じられ……その記念として詩を詠んだ。
易羅池
『徐武公の哀歌』:楊森安
用晰斎韻にて、龔儀可が普洱へ赴き、異民族を招集するのを送る
王将軍の柵を破る歌
鬘華山殺賊歌
家への手紙
果毅公である将軍に随行して辺境へ出向く
干溝
潞江
龍陵関
果毅公は、額魯特の兵を分遣し、私の陣営に配属して役務に就かせた
黄陵岡
軍営の夜
杉木籠山王驥が麓川へ進軍した地点
白雲庵にて、かつての総兵であった華公と出会い、彼が軍へ向かうところであった
高黎貢山の歌
鉄壁関
猛卯
4
172 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻十五
虎踞関
楞木寨は、一昨年の戦場であった。
『夜行大箐中記』に記されたもの
駐軍盞達
遮放
平戞
連日野菜が届かず、平戞にて大根を買得て大いに喜び、詩に記す
辺境の諸土司の領地では、毎朝必ず夜明け前に人々が集まり、暗闇の中で互いの姿も判別できないほど密集し、辰刻になってようやく解散する。
黒山門
銭充斎、遠征の軍糧として永昌の小麦粉で餅を作り、それを大いに頬張ったことを詠んだ詩。その恩恵を記す。
臘月、陣営に駐屯していたが、暑さが耐え難く、従者に命じて竹を切り、天幕の外に輪状に植えて、暑さをしのいだ。
勦南坎
勦頓拐
戞鳩行
『戞鳩囘万仞関』を馬上で作
辺境の野人が、軍から逃げ出した馬を捕らえて献上した者がいた
蛮圻に駐屯し、万本の竹が生い茂る中、一丈ほどの隙間を見つけてテントを張り、そこで夜を明かした。俗世の煩わしさから解放されるひと時の安らぎであった。
述庵の『璞函緑事』を著し、官職を辞して軍に従い、雲南へ来たが、後に贈られた
『璞函』に寄せた私の書簡には、「日没の地に名士がいなく、ただ天南を喜ぶのみ」と記した。これに対し、改めて答える。
原著
同璞と杜鵑園を訪れ、歌を詠む
漫興
晰斎より大理の松煙で製した墨を賜り、謝の詩を賦す
春和相公が滇を訪れられた際、私はかつての役人として幕府に仕えておりましたので、四律を謹んで献上いたします
奉
別集経
雪団
安寧州湯池
路南州における鶏の捕獲の記録
広南
蜈蚣箐
土富州の宿場
巻十六
入小鎮安
囘鎭安官舎
署斎偶得
帰徳峡
横州大灘にて伏波将軍廟を参拝
桂平道中
端州の閲江楼にて、蔣南邨州牧の来訪を喜ぶ
梧州への道中
周山茨に随行して桂林を訪れ、その際に作詩した
王文成は、この地で任官中に教鞭を執り講義を行っていた「蘇南寧府書堂」において、故人の肖像画に拝礼し、二首の詩を揮毫した。
程古譚
照陽関
土俗
独秀山の古榕樹の歌
鑒隘塘の宿場でひと休み
上果化峽
帰順州龍潭観における投魚
華峝
〓漢卡檄安南官勘地
夜坐
春山仙奕図
人面竹
この遠征の報を聞いた将軍は、旧官営から出陣し、陸海からビルマ軍を包囲した。彼らが慈悲を請うと、将軍は軍を撤退させ、その勝利を記念して詩を詠んで祝った。
軍中で病没した果毅阿公を悼む
土歌
山行
舟行
平江路の中ほど
桂林にある元祐党碑は今もなお現存しており、沈魯堂太守が拓本を一冊見せてくださったので、筆を執って歌を詠んだ。
貴県途次奉
三水県に船を停泊させた
登鎮海楼
南漢時代の広孝寺、黒金仏塔
太恭人は弟夫婦および娘婿らと共に官舎を訪れた
妻への戯れ
南珍
同年、黄睪からの手紙を受け、彼が声の病を理由に官職を辞し、韶州の講席の責任者となったことを知り、これに応えて賦を詠んだ
喜吟薌は、この時すでに官職である中書舎人の位を得ていた
断舟歌
雨上がりに城を出て耕作を見る
決囚嘆
広州への赴任の途上、命を受けて直ちに新任地へ向かったため、鎮安とは会えなかった……そこでこの詩を詠んだ
陸耳山と簡玉亭の両氏を招き、珠江を舟で巡り、海幢寺へ赴いて菊を鑑賞する
尉佗の漢朝への帰順を記念する台(台所)の跡地
花田
侯官の林侗が所蔵する甘泉瓦王、阮亭、朱竹垞、査初白らは……長文の校正をお願いいたします
李郎曲
巻十七
南海廟の祭礼を終えて 二十韻
登浴日亭
倬其、子景滄を婚約のために送り出す
石蟹
崖山
慈元殿
永福陵
大忠祠
番舶
虎門望海
席を散じて偶に作す
劉王郊基
海珠寺
署園漫興
署園にて劉総戎と福副戎を饗し、即座に事を行う
次韻答心餘見寄
三君祠
戯書
題:陳望之太守の長林遠望図
太保傅文忠公の追悼辞
断腸草
春祭、再び南海神廟へ
伶仃洋弔古
擢授貴西兵備道紀
中丞徳公の詩を捩じ、別れの贈りとして敬意を込めて原韻に倣い、別れを記す
関禄の『広孝寺に描かれた羅漢図』
広州の侯戴は、文人である沈秀斎、文人画家である馮碩と呉敏と共に、洛府へと旅立った。
華首台
題華首寺
宿冲虚観
崇禧関の前には、故官吏の旧居があった東坡亭があり、ここは彼が盧浮山へ旅したことや、息子に「国」の韻を授けたことを今に伝える場所でもあります。
『羅浮紀遊』十首
羅浮山からの帰路、大風に見舞われ舟が転覆しそうになった際に即興で詠んだ詩
徳中丞の韻を用いて、制府の李公に別れを告げる
黄騰熙の研究:「『徳中成元』を用いて旅人を送り出す――即答」
蜀の広州、陳紹州、高紹州、そして潮州と肇慶の三人の知事は、蜀邸と梨園にて私を見送り、そこで二度の送別会を開いて別れを惜しみ、その場で詩を詠んだ。
哭鉄騾
巻十八
『珠江』は、広州韻の東坡読みを採用しています。
『三水』 弟を公人夫人の北行に随行させる
端渓
努灘
柳州
懐遠県鶏翼灘
羌江の真ん中で
苗楼
古州諸葛営
10月1日、貴陽に到着し、官軍が雲南から四川へ向かう途中に威寗を経由したとの報を聞く……兵の行軍途中に雑詠
七星橋に「武侯祠」と題された碑文は、かつて南征の際、軍がここを通ったと伝えられている
かつて将軍である阿公に謁見した際も、自ら雲南から四川に入り、金川討伐に従軍した。
舒彦普漢もまた、四川への進軍に加わった。私は威寧にたどり着き、提灯を手に入れた……その韻に合わせ、私もまた応じて詠む。
『用璞』を函に収め、韻を添えて述庵に送り、併せて松茂観察の査儉堂に送る
官斎
黔兵を四川へ派遣し、余は畢節にて越境の手配を行った
帰り道、彼は山賊に襲われた。
凌
『閲邸抄』喜述庵の書簡への返答を記し、役所に送り返した
王協和総戎の金川討伐への派遣
水西道中
同窓の孫補山学使と旧交を温める
辰年の初夜、使節の蔡松霞は監察官の龔春橋を宴に招き、酒を酌み交わした後、再び外に出て提灯を見物した。
『種竹詩』は崧霞のために作られしもの
偕補山崧霞遊雪崖洞甲秀楼諸勝
故将軍の祖父が四川の司令官に任命されたと聞き、彼は手紙を送り返した。
古州への旅路にて、その途上で詠んだ雑詩
杜雲への道沿いの風景
ミャオ族
三脚屯を過ぎて牛皮嶺へ
大江の水路の中ほど
崧霞が署園にて二十四景を分け、各景に詩を添えて和歌を求め、戯れに長歌をもって答えた
崧霞署園の牡丹が連日咲き誇り、酒宴に招かれたことへの謝辞
巻十九
古州
楽平県令、鞏県令、および李明福公による五龍山での会合への招待状、およびその場で詠まれた詩。
龔梧生郡丞への献呈
谷峝道中
南籠
馬場
海龍囤
鴨池河
栖溪を通った際、代春知事が私を東山寺に招き、即興の詩を詠むよう勧めてくれた。
比吉に到着し、威寧知事の邸宅にて、重慶府知事と靖軍司令官が紫通楼で宴会を催し、皆を招いて和気あいあいとした集まりを開いた。
咏史
関索、槍を岩に突き刺す歌
題署『中桃樹』
偕福総戎 湧珠亭での宴会
胡守閫が、その尊父である衛卿の遺影に題したもの
その場
猓玀
読書
ハ・ジンザイ将軍は、金川征伐を進めるため雲南から四川へ向かう途中、威寧を通過し、往時を懐かしんだ。
水城
出廵媽姑福集二鉛廠
懐心余
冉遊、葡萄泉にて作
先人が初白の詩を調べたところ、「乱山の中に豺狼の穴あり、曲突の件を誰が論ずるや……」とあり、これを詩に記した。
韋約軒『按察招飲卽事』
白雲山の羅永菴は、明の恵帝が隠遁した場所であると伝えられている
鴨池を渡り、河西へ上り、大坡へ
旅の雑詩
落折河
平山哨に宿る
平山塘の頂上には至る所に水がある
苦雨
国笠民、威を観察した後、枉贈された佳章に次韻を賜り、これに応答する
弟から手紙が届いた。旧居の北側に土地を購入し、草堂を建てる予定だという。その喜びと、訃報が徐々に形になりつつあることを喜び、その意を詩に詠んだ。
玄学の没落を嘆く
福総戎の令嬢が官邸にお着きになったことを祝して
差し迫った課題
再び葡萄泉を訪れ、道士の玉宣が詩と書を求めてきたので、それを渡した
碧雲観
その場
5
151 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻二十
景宸の冬、その官吏は広州の司法事務の取り扱いについて、特別に降格処分を受けた。
畢節への途上で、璞から軍営にて書簡を受け取り、併せて滇中の詩八巻が送られてきた……また、述庵への便箋も同封されていた
貴陽での知事就任に際して開催されるもの。「小玄」楼を含む高官、庶民、および司馬一族を招いた盛大な宴会。司馬一族の先祖を見送る祝賀の宴。
飛雲巖
張三豊礼斗亭
施秉県
舟発〓陽
汝州への道
瀘渓の道中、川沿いの断崖は千尋の深さがあり、その絶壁の険しい場所には、木を梁として架けたものが多く見られる……その趣をここに記す
辰渓への道中で大雪
陳寿教注図楼
朗州に赴くに際して
朗州の大晦日、馬沅亭秀才の韻に合わせ
『洞庭の風を阻む』 査初白の韻を踏んで
岳陽楼の題
晩泊
江行
明の楊皇后を称賛する者の多くは客観性を失っている。私は二首の短詩を詠んだ。
客興
順風歌
甘将軍廟の神鴉の歌
赤壁
晩眺
夜泊漢口
『黄鶴楼』に題す(十六韻)
フクロウの島:ネ・ジェンピンへのオマージュ
漢口発
臨臯亭
琵琶亭に舟を泊めて作
江岸守風
廬山は目前にありながら、一度も訪れることができない。その悔しさを詩にして詠んだ。
遣悶
遣興
江辺を散策していると、村の老人が数軒の家を建て、花を植え、鳥を飼っており、なかなかの閑適な趣があった。そこで、二首の絶句を遊び心で詠んだ。
椶三舎人の歌
黄石磯
小孤山
安慶に近づき、望皖公山まであと10里というところで、突然風浪が激しくなり、進むことができなくなったため、急いで小さな港に入った。
淮河の河口にて、私は于仲宣の墓を訪れた。
江行
大通港守風遣悶
長崎県有馬郡荻町通り
長い間、守風は食事を与えられず、退屈を紛らわすために詩を詠んだ。
蟂磯霊沢夫人廟
蕪湖鉄画歌
牛渚磯
金陵
金川門懐古
守風登燕子磯
永済寺
船が黄天堂に着いたとき、強い北風が吹いたため、引き返して燕子渓に停泊した。
江千晩歩
好国一真
馬沅亭の帰郷に際し、邵耐亭へも送る
〓湾暁発
巻二十一
田園に帰り、日々の務めに従事する
差し迫った課題
虎邱絶句
虎邱寺のモクレンの歌
天平山にある范文正廟を訪ねて
韓蘄王の墓
館娃宮
題:倬其亾室 盛孺人の遺影
趙興泉、旧友
喜荘位乾明が訪ねてきた
偶得九首
庭前雑味
過史翼宸(明経)の旧居
五日、郡城にて競漕を観る
銭曙川が、兄である茶山司寇の所蔵画巻について「四大家の作品を模写したものである」と題した
璞函の訃
消夏絶句
顧北墅からの手紙を受け取り、返送する
王協和総戎の訃報を聞く
県城の地元愛好家たちが、陳思濤中友廟の隣にある空き地に、この町の城隍廟を建立した……その完成を記念して詠んだ詩。
陽湖のほとりに三十畝の池を購入し、老後を過ごすための草堂を建てることにした。その意を表すためにこの詩を詠んだ。
徐秋園、劉敬輿らと共に再び艤舟亭を訪れた
題:陳某のガチョウを飼う小写真
冬の夜、眠れずにふと思いついて
漁池即興
漫興
本にまつわる話
倬其を万安の官職へ送り出す
旧友の村を訪ねて
邵耐亭に贈る、遊び心で重ね字体を用いた詩
行園
幽尋
朝起きる
座主・観総憲・補亭先生に捧ぐ
茅葺きの小屋は大雨で雨漏りした
タケノコの栽培
カン・ホアン・ユエシャン文学
荘似が『枉過草堂』を著し、詩を贈ったのに応じて、その韻を踏んで三首を詠んだ
澄江使院にて、文官の彭雲梅が酒席の席上、即席で提供したものです。
寒夜に想いを馳せて
巻二十二
乙未の新春に筆を執る
鄧尉の梅を見に郡城へ行くため、同行者を募ったが応じる者はおらず、たまたま花売りがいたので……自らそれを鑑賞した。
『采石太白楼』の韻を踏んで
同秋園、郊外を散策して
暁仙謡
樗散
ふらりと郡城を訪れ、湯蓉渓の徐肇璜と恬深の家「緘齋」にて語り合い、共に……詩に綴る
後東坡硯池歌
帰舟口号
友人と花散る詩
村居
偶成
感事
漫興
『放言』九首
自己憐憫
池の蓮は満開だが、干ばつがあまりにもひどく、嘆かずにはいられず、詩を詠んでしまう。
苦旱
五月二十八日、河の水が枯れかかっていたところ、突然大雨が降り、野の至る所で歓声が上がり、この詩を詠んだ。
6月2日の夜、再び小雨が降り、暗雲が四方に広がり、その勢いはまだ収まる気配がない。口ずさみながら、雨の止むのを待つ。
漁塘をのんびりと眺める
義弟の劉可型が沛県の教論の任に赴くに際して
虞万峯、荘茂良と荷池のほとりで酒を酌み交わす
池荷の宴の約束について。月山翁が約束の時間に現れず、その二日後にわざわざ訪ねてきて、詩を投じてきたので、その韻を踏んで答えた。
庭先の草花を詠む
他人の墓誌を書き終えて、ふとした思いつきで添えた言葉
夜坐
荘奕九壮遊図
蔣蓉龕先輩が同門の肇璜、秋園、秀筠、緘齋を招き、暑さをしのぐ酒席を設け、席上で即興で詠んだ
『閲映川族』より、孫雲渓の楽府題贈二首
『閲武陽邑誌』は、門人の董東亭庻常が編纂したものである。
渓辺
蔣秀筠は、その叔祖である弱六君の「瘠土正須勤力……」という勧学の詩の長句を後段に引用した。
編詩
題画
秋の干ばつによる被害で、その年の収穫は極めて少なかった。
邑侯・周中峯の病気療養による帰郷に際して
その場
巻二十三
門下の費芸浦は、かつて我が郡の守であった。私が黔から帰った頃、君はすでに母を亡くしていた……旅立ちの贈り物として詩を贈る
心に残る思いを抱き、故郷へ帰る途中に物思いにふけり、一編を書き、これを寄せる
枕上
偶書
園中随筆
涼を取る
夕暮れに村を散策する
舟夜
老少年を詠む
題:秋帆開府高秋陟華図
五十初度
郡城から帰った
春来
行園
漫興
張貞女詩
蜘蛛綱を詠む
汪時齋民部書より、去る冬十二月十四日のことを記す
夜、肇璜の家で酒を酌む
雑題
屋宇
題:杭汭の従弟の肖像
汭朝を広東の幕府へ送り出す
金川の凱旋を聞き、喜びを記す詩
楊献章が同肇璜ら秋園の諸同人らを招き、近園にて雅集を開く
新疆の哨所にいる江南村へ
謹んで拝聴いたしました
毛今吾への贈り物として、文学を学ぶ彼が草堂に滞在している間に、子供たちに読ませるため
放言
浹旬
顧晴沙、荘涼の奏上により蜀へ派遣され軍需を調達し、任務を遂行した後、……奉題二首
紫燕
楊豆村の小さな肖像
題:袁子才『小倉山房集』
『小倉山房集』再題
門人の祝芷堂が編纂し、閩中での試験を執り行った後、陝甘地方の視学に赴いた。
原著
再寄芷堂 二首
『小倉山房集』に収められた「咏物九首」の韻を遊び心で用いた
6
153 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻二十四
黄月山を悼む
読書は骨の折れる作業だ。私はすぐに忘れてしまい、詩に嘆きを綴る。
徐肇璜を悼む
戊戌の春
汪時齋、民部として太夫人の喪に服し故郷へ帰る途中、常州にて相見……感極まり、詩を詠む
『文端師集』の編校と感賦
鬻田
秋園、棺を予め作り、詩を詠んでその意を詠んだ
肇璜の没後、その子は君が自ら植えたツツジ一株を見て、その思い出にふけり、賦を詠んだ
歯痛
同年、平姚海と別れてからすでに十六、七年が経ったが、突然手紙を受け取り、彼が平江で教鞭を執っていることを知った……まず詩で返事をした
使相李公より度重なる書簡と問候を賜り、敬意を込めて三律を賦し、これを寄呈する
邑侯・蕭懐圃の赴任に際して
旧詩作の改訂
閑居の書
沈倬其の訃に泣く
幼女が痧症で亡くなり、泣き悲しんだ。
その同じ夜、私の妹の娘である姪のアーーンが、母親と共に自宅でコレラにより亡くなりました……その悲しみは一層深いものとなりました。
独坐
山茶
京口に船を停泊させ、王夢楼同志の招きにより北姑山を巡り……その場で詠んだ。
福建総督・徳定夫が、湖南穀物輸送司令官から福建総督に転任した際、その還暦を祝う詩集。妻もまたこの祝賀に加わっている。
書懐
戯題僧寺壁
荘子は父の訃報を聞き、故郷へ戻った。再会を果たした際、感極まって涙を流し、一首の詩を詠んだ。
秋帆中丞は、私が遺族を慰めるという知らせを聞き、遠くから多額の弔儀を送り、その感銘を詩に詠んだ
次韻、族孫・映川の題贈の作に答えて
原著
湯緯堂、近作をもって商敬に捧げる二律、併せてその上京して官職に就くことを祝して
題緯堂 秋を詠む小写真
龔香雪の「長松片石図」
楊星園館選『南帰賦』祝辞
題:湯蓉溪の硯を洗う図
友への返信
『汪文端師集』の刊行が済んだところ、子供たちが私の拙作集を刊行するよう勧めてきたので、その願いを聞き入れ、この書に記してその恥じ入る気持ちを表す。
巻二十五
喪が明けた後、多くの親しい友人たちが官職に就くよう勧め、その意を詩に詠んだ
浙遊口占
無錫を船で通り過ぎた際、顧晴沙観察に会い、ちょうど同年の陸朗甫方伯が……『響泉集韻』を乞うた
附和詩
附再和詩
杭州にて、門下の沈南雷儀部の邸宅に滞在した際、贈られた
西湖にて袁子才と会い、喜んで贈られた
付録:酬之作
沈佩蘭、呂映微の秀才らと面会
陳王志の『徴兵に関する考察』、および袁自才、王夢楼、顧碩元、張莫清、張莫謙の即興詩
子才、席上で閑雲の娘に出会い、小写真に題字を乞われ、酔いしれて三絶句を記す
霊隠寺
虎跑泉
石屋洞
龍井
同年、宮廷の講師を務めていた孫興時が、非常に美しい庭園を所有しており、彼は鄒通、子才、南雷を招いて、その場で詩を詠んだ。
子才と共に舟を漕いで彼の家へ帰ると、愛妾が湖畔の楼に寄りかかっていた。子才は客が覗き見ているのではないかと大いに警戒していたので、詩を詠んでその気を和らげた。
〓目
邵耐亭との再会と昔話
西湖雑詩
慶雨峯観察に蕪湖へ送る
孫補山藩伯が雲南から遠路はるばる手書きの書簡を送り、かつて宋関を通過した際の記録を添えて……敬意を込めてその韻を踏んで詠んだ
原著
去年の秋、陝西から帰途についた荘似撰が、開府に宛てて慰めの言葉を寄せ、また私に……詩を送ってその思いを綴った
背中に腫れ物ができ、医者が来て刀で切開して治療した。その痛みを記す詩を作った。
病から回復して
野望
書所見
王叔炎は、雲南と四川で七、八年間務めた後、凱旋して帰還すると、すぐに大判事に昇進した。さて……往事を偲び、贈り物を捧げる。
述菴が常適を訪ね、袁子才もまた来訪したため、共に蓉龕、緘齋、魯斯を招いて宴を催し、寓齋にてその様子を記す
寓斎の桂の木が四本余り、到着した日にちょうど花を咲かせており、十数日滞在して七首の詩を詠んだ
客と黔中・牟珠洞の勝景について語り合い、詩を添えて補記する
同年、儲玉函が官職を辞して帰郷し、郡城に居を構えた。余の宿と向かい合っており、朝夕往来して詩を賦し贈り合った。
学者の官吏である江書斎と面会すると、彼は直ちに赴任するよう命じられた。
再贈子才
歴史を読み、戯れに書いたもの
家で暇を持て余していた私は、子才の『心残草』や、『庚庚』『清沙』『白花』の『玉匣』と『粗玉匣』を手に取った。紳士たちの詩は自評されており、それに倣って八首の詩を次々と詠んだ。
数ヶ月の間に、南雷、述菴、淑斎らを相次いで京へ送り出し、官職に就かせたことを記念して、戯れに作った詩
蘇州にて、祝芷堂と歓談
獅子林を訪れ、壁に題字を書き、同世代の同僚である巡察使・黄雲琦に挨拶を送る。
進遊
榷使寅和齋枉招過淮賦贈
同年、王惺園が少宰として浙江の試験を司り、その務めを終えて朝廷に戻った際、淮河のほとりで再会し旧交を温めたが、別れた後、彼はこれを送ってきた。
陳蘭江と同窓生として会い、賦を贈る
付和作
ある演劇の観劇記
巻二十六
迎鑾曲
丹陽道中
順河集迎駕恭紀
漕帥鄂公延主淮陽講席賦呈
程清蘭:葦亭太師の詩会での酒宴の物語
『陸放翁の詩題』を読んだ後
陳蘭江・龔東知への送別
大学士・雲巖阿公は、金川での任務を終えた後、河豫省の事務を処理し、その務めを終えると直ちに赴いた。
陳竹泉『苗寨班春図』
また『採菊図』と題する
寓齋即事
『漂母祠』の韻
貞淑な乙女・如泰古の詩
億生献賦
淮で何事もなく過ごしていた際、逸話を二つ見つけ、それぞれに詩を添えた。
寓斎
春を送る
和晴嵐の送別詩(原韻)
舟行
高郵道中即目
渡江
晩泊京口
到着
偶筆
村を散策する
喜晤嵇蘭谷賦贈
呉門雑詩
横塘曲
無錫を船で通り過ぎ、蘭谷に泊まって酒を飲み、芝居を観て、その場で酔っ払ってしまった。
蔡節婦詩
涼を取る
破寺
長夏に書を晒して作す
夜坐
喜雨
太湖を渡り、馬跡山に登る
苦竹
官幛山からの夕景
東臯露坐
村の小屋 即興
野泊
一本の老柳が、幹が二丈ほど裂けていたが、枝葉はとりわけ茂っていた。詩を詠んでこれを称えた。
遣興
論詩
庚子の秋、仲恭が謁見
杏川念屺と共に再び太湖を渡り、馬跡山へ
呉紫庭開府の追悼詩
昼寝
舅である大学士・程文恭公を悼む
夜坐
巻二十七
上元節の夜、毘陵駅の前で舟を停泊させ、蓉龕先輩と共に灯籠を見物した
浙江を遊覧し、王惺園少宰と会い、試院に留まって酒を酌み交わし、即座に贈った
付:和韻
岳雲公頌
和敬が『拙集』の題字を記した作品
原著
四月初一、馬跡山にて葬儀を執り行い、その儀を終えたことを記念して三律に記す
長男の嫁探し
都へ赴くにあたり、蓉龕、蓉溪、秋園、敬輿、緘齋の諸人に別れを告げる
都へ向かう途中に、私の旧友たち全員へ送るものです。
所見
高遊調毛西西
台荘に近づこうとしたところ、突然両腕に風痺の症状が現れ、旅先には医者もいなかった……四律の情は言葉に表れている
帰舟、淮河を渡り、程晴嵐と会い、別れを惜しむ
夜過京口
蠧魚
田植えを見る
晩涼
中庭坐月
病の療養中、書物に感銘を受ける
漁翁
寓斎聞歌
舟歌、無錫にて晴沙と再会
小園
散花曲
江廉知事は営川から戻り、挨拶に訪れ、昔話に花を咲かせた。
悟徹
朔風
観獲
贈蓉龕
荘蜚英が同年に詩を求めてきたので、冗談めかして贈った
杏川に眠る旧友を悼む
生事
歳暮雑詩
探春
梅を詠む
壬寅の元日
江淑斎が福寗の守に赴く際、道中立ち寄って、恩師の祝芷堂から贈られた……兼て芷堂へ送る
易生は、旧友の程恵元、孫博山、張銀祥を訪ねるため、北京へ南下する許可を願い出て……その機に因んで一首の詩を詠んだ。
寄蕺園
寄補山
寄吟薌
寄心餘
億生は、その先祖である高祖・恭毅公の中丞世徳の詩集に題字を賜り……公を称えるために
薔薇花卽事
時月圃の同窓生が荒斎に滞在した際の詩、次章。子や甥への示し
荘茂良先生へ
湯蓉渓の家慶図
屏跡
小斎
驢嘲
太湖口守風
村居
端午の節句の翌日、街に入ると、彼はたまたま南庄李安兄弟に出くわし、彼らは客を招いて競技を観戦させていた……『英家建斎』
立庵がまた、近作の物詠詩四首を示し、文房の珍品を韻として、その数に合わせて戯れに和歌を詠んだ。
田植えの時期を迎え、川の水が枯れかかっていたところ、突然連日しとしとと雨が降り、その喜びを詩に詠んだ
差し迫った課題
咏史
客を見送って帰路につく際にふとした思いで書いた
近著二巻について、立庵が自ら評点を加え、併せて刊行するよう勧めたことへの冗談めかした返答
同年金蒔亭が我が郡の守に赴任し、旧交を温めた
授衣
雲岩香公は、外交使節として再び船で常州を通過し、挨拶に立ち寄る途中、賛歌を詠んだ。
第一 孫生の喜びの記
十年
荘楽閑と崔曼亭の二人は同窓生であり、共に詩を得意としていた。荘夫人は董蘭谷、崔夫人は……に八つの絶句を贈った。
7
181 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻二十八
白髭
歴史を読む
城の東にある小さな桃園を通り過ぎる
鹺使伊公枉招賦贈
越鎮国楽院への赴任に際して
寓斎の東側に古木が二本あり、高さは六、七丈ほどで、風の音がとりわけ激しい。
仙掌路
大犠鎭
亀山
真州館の旧跡を訪ねる
真州帰途作
秧針
家約
夕暮れ時の湖へ
山塘
雑感
簑衣仙歌
周長庚は以前、書店の版下にある詩選集の中で私の名を見かけ、古人だと思っていたが、今こうして邂逅した……その意を詩に詠んで答えるが、恥ずかしく思う
夜更けに目覚めて詠んだ句
呉梅村集
西崗村から古塘橋の県城への移住に際して
青山荘の跡地を過ぎると、すでに耕作地となっていたが、古木が4本残っているだけだった。
『大雪』の即興詩
万寿重寧寺五十韻
同年の黄立亭明府による『秦淮感遇』の作
贈販書施漢英
偶筆
補山が去年に桂林で開府し、詩を送って安否を尋ねてきたが、今や粤東に移った。その韻を踏んで答える
喜同年・陸耳山廷尉が訪ねてきて、贈り物をいただいた
南村
歯痛
楽儀書院が揚州の安定講席に移転した際、在籍中の謝未堂に献呈した……詞館の先輩でもある
蔣春農が同年の旧友と三十年ぶりに邗上で再会し、昔話を交わした際の贈り物
唐再可明府と会った。かつて私は雲南で従軍していたが、その頃、君はちょうど騰越州の代官を務めていた。
李嗇生郡博への献呈
謝金圃少宰が揚州を視察した際に賦を贈る
天家の張夫人の貞節の詩
西巖先輩を招いて酒を酌み交わし、旧交を温め、再び前韻を踏んで贈る
金棕亭を国博に贈る
松坪先輩の、以前の詩に重ねてお送りいただいたお返事に、改めてお答えいたします
蔣心餘はかつて安定の教職に就いていたが、今は病により職を離れ江西に帰っている。余はその後任としてこの職に就いた……詩を寄せて彼に送る
呉並山中翰への贈り物
題:山青崖放鹿図
『蕃釐観』の古を偲ぶ
了凡禅師に贈る
范瘦生がわざわざ訪ねてきて佳作を寄せてくれたので、その韻を踏んで答えた
呉涵斎先輩より「儀」「簪」の二韻を賜り、これに応えて再び詠む
題痩生詩巻
史閣部祠
土橋
袁子才が嶺南を遊覧して帰った際の詩を寄せ、問い合わせてきた。また、来春、平山堂に来ることを約束した。
論詩
瓜洲夜泊
記夢
梅
度重なる秋帆の来訪を受け、府から手書きの書簡と貴重な毛皮が送られてきたことへの謝辞
紅梅
巻二十九
清明の二日前に、寿菊士が棕亭、再可、立堂の諸公を招き、舟を漕いで平山堂へ赴いた際の出来事
清明の翌日、宋平師兄は西岩、漢斉、荘亭、胡芳を文芸の集いに招いた。
全惕荘への贈り物
杜村中堂の学者である呉崇彦は、梅の花の下で西園の師兄を招いて酒を酌み交わし、十首の詩を詠んだ。
遊孝女、字を測りて親を養う詩
運河総監の趙光・宋瑶、兄の王夢楼、尊者・楽凡禅師、崇寧寺の禅法要……原詩の韻を踏んで続く。
贈夢楼
賜る、了凡
湖上二首
三月五日の異事
余は菊士に招かれて湖舫にて酒を酌み交わし、朱立堂氏と邂逅した。直ちに長文の和歌を賜り、その厚意に感激した余り、敬意を込めてこの歌を捧げ、その雅なご厚意を記す。
老境
香椿を食べての感想
『棕亭』に長文の和歌を賜り、併せて拙集への序文を賜る
銀鯉が初めて市場に出回るとすぐに、宋鵬師兄がそれを購入して贈り物として送ってくれたため、感謝の詩を詠んだ。
宋平は書斎の至る所に牡丹の花を飾り、友人を招いて再び涵齋棕亭に集い、その場で詩の懇談会を開いた。
苦旱
王文園への贈諫
閑座して悶を遣う
秋思
陳湾山の下にある大イチョウの歌
棕亭の治具を招き、西巖の松坪に同席し、再び湖上の舟遊びを楽しむことができる
子才より書簡が届き、心余の訃報を聞いて驚き、詩を詠んでその死を悼んだ
『西巖齋頭自鳴鐘』の分体から七古を得た
清口が雲岩師を訪ねる。
邱凡は、河南省の知事に就任すると、飢饉の際に救済活動を行い、騒乱を鎮圧して並外れた功績を挙げた。彼はこれを祝して詩を詠んだ。
馮西軒の釣船にて酒を酌む図
淮河を越えて程晴嵐に会い、その七十歳の誕生日に際して祝いの詩を賦し、次章は平山堂への遊覧の記録を併せて記す
西巖は沈旣堂、王夢楼の両先輩を招き、旣堂にて……の詩を詠んで粲に捧げた
西巖は、夢楼が斎戒を守っていたため、食事にはすべて精進料理を用い、そこで『精進料理の歌』を作った……そして夢楼に調子を合わせた
三元銭に贈る 湘舲
未堂の司寇邸にて湘船を饗し、司寇以下、西巖……即席の詩二首
寄補山開府
題:周駕堂編修『双松嘉蔭図』
同年・白秋斎総戎への贈り物
年飢
冬至の3日前に未堂の司寇が鶴亭の方伯や春農らを招いて……即興の詩二首
観舞灯
梅を探して
米貴
題:張水屋、分司僧服の肖像画
松崖が巡漕の任に留まり、再び揚州へ赴くにあたり、喜んで贈る
書所見
唐再は、油醡、生果、および糖蹄を贈り、歳賦の謝礼とした
揚州での歳暮
巻三十
丙午の元旦
子供だまし
喜雨
六十自述
湯松斉を彰徳別駕の任に送り出す
寄述庵按察
鴉犬争肉行
2月12日、一年でかつてないほどの豪雨が降り注いだ。数日後、そのことを知った。
日行礼して、この雨の実を知り
詩をもって敬意を表して記す
米価は日増しに高騰し、旅費や食費も節約せざるを得ない。ここに記して一笑に付す。
商思の日に、彼は江夏に船を停泊させ、九山に滞在した。
江辺の鷗と鷺
大風は丹徒の河口から川を下り、瓜洲に至る
菜花
未堂、西巖、松坪、旣堂、悔菴、杜村、招陪、松崖、漕使醼……舫の遊に歌を詠む
湖上
汪剣潭が汴から帰った際、汴の古跡を詠んだ詩を見せてくれたので、それに応じて『博浪沙』の一首を詠んだ。
郝郎に捧げる死の歌
春閨の目覚め
淮遊
自嘲
柳枝詞
所見
午の日、淮城に泊まり、揚州にいる子供たちを想う
再晤晴嵐
この日、竹渓の漕帥が同惕・荘晴嵐を招き、酒を酌み交わして節句を祝い、夜通し盛大な宴を催し、詩を賦して雅を称えた。
揚州へ行くにあたり、即興で詠んだ詩
酔時歌 春農の同窓生に贈る
江和克騰方博は、宋雅維堂、曲安宋平、中亭春農と共に康山を訪れ、その場で以下の詩を詠んだ。
一蚊
故人
題:周昉『背面美人図』
六月に入って以来、連日大雨が降り続き、数年ぶりにこの恵みの雨に恵まれたことを喜び、賦を詠む
舟行絶句
九峰園の宴。園主の汪茂修は席にいなかった。後に、私が……を持っていると聞き、後書きとして戯れに記す。
和再可の立秋の日における感懐の作
寿雲巖公七十
秋斎が都閫を務めていた頃、桂林の陳文恭公はちょうど呉を統治しており、私を深く重んじてくださった……謹んで後書きとする
陸朗夫開府を悼む
金山、韓忠武の事績を詠む
扁舟が帰宅した際、ちょうど息子の廷偉が弟子員に補任されたので、これを称えて賦を賜った
咏史
康山で歌い手に出会う:王炳文と沈同標――二十年前、都で…今は皆年老いて、詩を詠むに至った。
涼を取る
両腕の痺れが春から秋にかけて再発し、治療しても効果がなく、もはや難病となりつつある。
甥や姪の3人が江寧の郷試に向かうことになり、私は彼らを見送るついでに観光に行こうとしたが、ちょうど用事があって揚州に足止めされ、実現しなかった。
子才は草庵を訪ね、そこで近年、天台山、嵐行、黄山、崇禄、羅浮への旅の途中で詠んだ詩を見せてもらった。夜遅くまで居残り、喜んで一首の詩を詠んだ。
劉霞裳は秀才であり、容姿端麗で詩作に長け、かつて子才と共に名山を巡った……また、子才を連れ出した。
再び、淮河の霧の中を抜け、その場にある「葦亭」に滞在して。
連日、晴嵐の家で酒を酌み交わし、詩を賜る
程吾廬の『司馬招飲観劇賦』への謝辞
晴嵐、余の六十歳の誕生を祝して詩を捧げ、次韻にて答える
惕荘鹺を熱河総管へ転任させる
児偉の結婚に際し、固始の謝明府の官邸にて吉日を選び、式を執り行ったことを喜び、賦を詠む
『雑書』に見られる
一枕
杭州にて、蓉龕先輩の病没を悼む
門下の管南英が科挙に合格した後、金圃の少宰が特に優秀な学生として彼を推薦し、礼部に献上したことを喜び、この詩を賦した。
陳繩武、司馬招、同春農は、寓斎にて女楽の一団を招き、宴を催した。宴席では歌板を奏で、燭火を灯して歓談し、その様子を事あるごとに記録してその盛況を記した。
戚継光が自ら書いた詩の巻物に、「新月は鉤の如し、魚を釣らず」という句があり、なかなか風趣がある。
灯籠を十二個購入した。いずれも旧家の品である。子供たちに手紙を送る
寿金丈、80歳を迎える
友人と拂水山荘にて、元の韻を踏んで賦す
姚秉璋中翰の赴任に際して
秋燕
卜居
金圃少宰の視学期間満了に伴う帰朝
歳暮に帰郷するにあたり、揚州の諸同好に別れを告げ、また院中の諸生に示す
巻三十一
昨年、袁子才が武夷から帰ってきて、その素晴らしい旅の話を私に自慢した。知らず知らずのうちに、私もその話に惹き込まれてしまった……『詩報・武夷』
『賦』を李制府に献上する
十載
旅の雑詩
仙霞嶺
漁梁驛は、韓蘄が劉正彦を生け捕りにした場所である。
建陽市謝叠山占い所
延津
王審知の墓
万安橋のそばには夏将軍廟が建っています。伝説によれば、酒に酔った男が手紙を海に投げ込んだのはまさにこの場所だと言われています……その物語は壁に刻まれています。
李公が余に再起して官職に就くよう奏上しようとしたが、余はこれを丁重に辞退し、その意を記す
海から台湾を眺めて
鳳山にて殉教した唐維丹を偲んで
盆蘭
ライチを食べる
泉州から漳州への道中で記す
『戯本』で演じられる八仙がいつから始まったのかは定かではないが、王氏の『続文献通……』によれば、後述の通りである。
その場
啖荔戯書
同安の道中で雨に遭う
漳州のウッド・コットン・ハーミテージにおける古代の回顧
龍渓暁行
かつて厦門水師提督署は、靖海侯・施襄壮公が軍を駐屯させた地であった……そこで二首の詩を賦した
海上
戯書
諸羅守城歌
老杜の諸将を擬えた五首
ヘロン島:大風の物語
玉屏書院に移り住んで作
颶風歌
詠古
寓斎独坐作
厦門の偕章湖荘、沈百門による小普陀・万石岩・虎鹿洞などの名所巡り
李莪洲氏への贈呈:孝廉
秦斋礼公盟
『莪洲』にて陝中の遊草を見せられ、それに応じて五首を詠む
また荊州を詠じて古を偲ぶ四首
また、三垂岡の韻に合わせる
戯書
『老杜の諸将を再び詠ず』五首
『閑咏史事』六首
カタクチイワシは塩漬けのウナギのように臭いが、莪洲の百門は詩を愛好し、それを調和させる
臘月の蚊
再贈莪洲
漳州の大晦日
高円寺への訪問
『軍事将蕆余帰有日矣』詩をもって喜びを記す
桃花
泉州提督署は、かつて清源軍節度使が本拠を置いた地であり、その敷地は五百余里に及ぶ……ここに詩を詠んで記す
軍中にて反逆の首領林爽文を捕らえ、檻に入れて泉を過ぎた際の出来事
閩語
チャ・チュシュアンの書誌で偶然読んだところによると、辺梁の雑詩が8篇あるが、その題名は「梁・宋の残篇……周派を付す」となっている。
食江瑤柱
戯筆
台湾の捕虜が次々と内陸へ送還され、再び凱歌を上げた
湖荘・莪洲の百門の諸同人の皆様へ、別れの挨拶を申し上げます
8
173 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻三十二
北帰
莆田の詩人、黄莘田
夜想曲
武夷山
冲祐宮
仙蛻巖
煉丹台
福州に着くと、一人の使用人が会いに来て、自ら名乗った。その名は、私がかつて京師にいた頃……と語り、私は長い間感嘆した。
戚暁塘、宴席にて西施の舌を賦す
鼓山
李忠定公の墓は、福州の懐安桐口にある大安山にあります。
寗徳道中
知府、寧江書斎の方小亭、総司令官の陳迪安、明府、そして「望海亭」の様々な見どころ。
題淑斎官署
山行雑詠
分水嶺
旅の途上、役人たちが用意してくれた食事はなかなかのものであった。私が総督府から来た際、この話を聞いて笑った。
永嘉舟行
温から赴任地へ向かう途中、川を上って詠んだ
楽清の北境から天台山へ入ることはできるが、帰路は往路に及ばず、遊賦を詠んで自嘲を解く
戯書
青田道中
青田を通り、劉誠意の旧居を訪ねたところ、地元の人々は「南田山の頂上にあり、ここから……」と言った。これを記すためにこの詩を賦した。
麗水、郤金亭に題す
桃花隘
金華の川を船で渡る
厳灘
江行
同郷の盧沛が、インド亜大陸の龍井の景勝地を巡り、その様子を観察する。午後には湖上で舟に乗り、その場で即興の詩を詠んだ。
西湖雑詩
顧藩伯が按察使の盧運を招き、佳讌を枉招し、棃園にて皆蘇州の子……席上にて即興の詩を詠む
宗陽宮
庚戊の同年に、平瑶、海孫、興石、葉古渠、陳寿子らが……にて酒宴を開き、直ちに彼の詩を詠んだ。
『盲目の女王との再会』に際し、三姑に贈る
閶門にて王西荘と会い、昔話を交わす
虎邱夜泊
家に着いて、競漕を見る
同郷の蔣立庵、余佩珩、程香遠、家緘斎ら数名が、私のために……の事跡を記す
『閩遊草』の巻末に記す
将軍が凱旋した際、地方官は盛大なもてなしを施したが、将軍は船旅の足早さゆえ、一度も目を通すことはなかった。
夜坐
繁華
閑居の無為に、偶に得るところあり、即座に韻を詠んで、計十七首
再び揚州へ、紅橋を巡る
淮河の向こうで、霧の立ち込める空を嘆きながら、旧友よ。
相逢
陽州の県令である張和涛が私を訪ねてきたが、私が不在だったため、詩集を残していき、それを私に送ってくれた。
心餘の三男・師退が訪ねてきた。若くして才気煥発、まさに開花しようとしている。心餘は「自分はまだ死なない」と感銘を受け、この賦を詠んだ。
題:蔡呂橋進士の『江楼鶴を呼ぶ図』
松坪の足にできた熱癤がまだ治らないうちに、近くまた隣の家数軒が火事になった。詩を詠んでその状況を諧謔した。
秋帆知府への献呈、六十
子才より書簡が届いた。松江の秀才、張鳳挙が若くして才に恵まれ、自ら筆を執って……張君へ転送する。
銭璵沙方伯が余のために十科の先例を挙げた。余が詞館に入った時、方伯はすでに……原韻に従い、これに応える
偶然手に入れた蘇・黄の二帖に遊び心で題字を記す
兕觥帰趙歌
和者、庭にて韻を贈り、その七十歳の寿を祝う
10月9日、周小濂が菊を千株買い、同嗇生および葉芝山を招いて……陽会にて即席の宴を開いた
揚州にて王露仲と同窓生と再会し、喜びの詩を賦す
差し迫った課題
野歩
巻三十三
野歩
彼は5人の子供と孫たちを静安学堂に連れて行き、学ばせた。
瓜州の川辺にて欽斎知府の棺に遭遇し、その帰路に弔いの詩を捧げる
紅橋
遊秋雨菴の慧安上人が詩集に題字を求めてきたので、筆を執った。
桃花
文売
漕使項豫齋光祿の帰朝に際して
江鶴亭の追悼詩
『嗇生』の郡博より贈られた韻への返詩
武林の黄翠〓が閩中から書を送り、題字を依頼してきたため、『滌硯図』に二首の絶句を記す
運使に贈る「鹿馥園」
送運使倉恕亭、政務を退いて故郷に帰る
題:洪稚存『寒檠永慕図』
偶然見つけた
郊外で残りの菊を見る
柳柳泉の春山薬草採集図
吟薌は京の邸宅で亡くなり、その子である孝が棺を運んで揚州を通り過ぎた際、長年の友人が……に同行したが、同行する者はいなかった。
『程吾廬』の小さな写真
白秋斎総戎挽詞
廉船、旧友とは三十年も会っていなかったが、今回、揚州を訪れて十日ほど滞在した……その想いは言葉に表れている
青陽の陳豹・章秀才が揚州にて余を訪ね、別れの贈り物として詩を賜る
大将軍兼刑部次官の舒斎は、秦への使節団の一員として、小舟で羅を訪ねた。別れの際、彼は三十の詩を贈った。
題褒忠録
秦敦夫が編纂し、故郷の先輩である汪蛟門の『少年三好図』を手にいれた……その裏に題字を記した
題:敦夫の『鶴を調え花に坐す』図
曹竹虚大司農の入都を祝して贈る
銭璵沙先生を悼む
同年、江南の学監を務めていた胡玉堂は、「旧交を懐かしむ讃辞」を献上した。
題:静嫺女史自筆『秋山読書図』
題:元遺山集
周小濂の追悼詞
灯の下で『痩銅』の詩集をめくる
汪秀峯駕部が寓斎を訪ねて賦を贈る
題子才続斉諧小説
寄晴沙
銭竹汀と宮詹に会い、昔話に花を咲かせる
邑侯譚紅山への献呈
題:王少林郡丞、松石の間にて撮影した小写真
智堂南が揚州に私を訪ねてきて、喜んで贈り物を手渡してくれました。
法時帆学士とは面識がありませんが、遠方より佳文を賜り、過分な称賛をいただき、恐縮してもしきれません。ここにその雅意にお応えいたします。
『心餘詩』はすでに京師にて刻印され、謝蘊山太守がこれを探し出して送ってくれたので、拝読した……題して三律
子才が揚州に到着した際、事前に追悼詩を求められたので、その韻を踏んで遊び心で詠んだが、まだ言い尽くせぬ思いがあったため、さらに二首を加えた。
巻三十四
西壧先輩の七十歳の誕生日を祝う詩
彦児の結婚
火を詠ず
ふと夢に安鎮の旧遊を偲ぶ
子供に服を借りて客をもてなす、遊び心で書いたもの
遊随園題壁
越布漢知事より寄贈
所見
美人凧
附和詩
呉門にて西荘の竹汀と会った
『反矐目篇』寿西荘七十
題漕使・査映山侍御の書画図
『蝦簾』四十韻
滁陽王廟
清流関
大柳驛は、伝承によれば趙の韓王が弟子を教えた場所である
淝水
黄梅駅にて雨に遭う
東林寺
廬山紀遊
昭明読書台
『秀峰寺所蔵の十王預修経図および陀羅尼経』の巻末に記す
棲賢寺の滝
楼賢寺に宿す
白鹿洞書院
王文成公紀功碑
岳母の墓
剝皮山
廬山雑詩
帰路では、雨が降り続いています。
庾楼
九江の宿能仁寺
橋公墓
周公瑾の道南への移住に感銘を受けて
題:洪建侯の梅の花の小写真
寿嗉生、郡博五十歳の誕生日
春に呉門にて西荘と会い、彼が両目とも失明していたため、帰路にて『反矐目』を著した……笑う目を開くためである
銭竹初が新居に移り、林や渓谷の美しい景色を享受していることを祝して
巻三十五
新春、程霖巖・湯蓉溪の両氏ならびに荘学晦氏の家緘斎小集を招く
上元節の3日後に芷堂が草堂を訪ね、その翌日には夢楼もやって来たが、いずれも……芷堂にのみ手紙を送る
その日、趙濱、簡謙、同済の三人は、偶然にも都にいる王珠と王楚という二人の紳士と旧知の仲であった。趙濱はそれに応じて一首の詩を詠んだ。
子才はかつて相術師の胡炳文に会い、六十三歳で息子をもうけ、七十六歳で……という運勢を占ってもらった。これに八つの絶句を贈る。
雪蘭庵の舟楼にて、梅の花を眺めながら小杯の酒を酌み交わし、詩の韻に身を任せる。
寿全惕荘鹺使六十
謝蘊山観察の『梅を植える図』に題す
『李彥の詩』より、再び孟楼之堂に送る
孔雲谷に贈り、平楽の県令に就任する
査映山漕使の都入りを見送る
『浙二子歌』——張仲雅・程春廬の両孝廉に贈る
鹿馥園運使の挽歌
明代の詩文集二百余種を売りに来た者がいたが、私の知る限りでは……感銘を受けて四律を詠んだ
揚州における秋園の死を悼む
春の農事:張氏の「卓園」牡丹園への招き。「未成亭」、「西台」、「松台」、「成亭」、「荒野」およびその他の参加者が登場します。
寿松坪先輩、70歳
連日、先人の詩を翻阅し、子才の体裁を模倣して戯作した
宮廷長官、地方長官、および第二十八区の知事へ。清らかな歌声を響かせる若い女性たちの集い……その場での即興の詩。
宋平の『品源詩彙』:贈り物として受け取ったが、まだ返礼として返さなければならない
春農寓斎の窓の外に、ふと一本の新しい竹が生えた。詩を賦して自らを誇り、戯れに贈る
輓唐再可
秋帆が本府に遠方から文幣と珍裘を送り、その感謝を記した詩
程霖岩、湯蓉溪、楊静叔、汪屏の四人は皆、甲午年に生まれ、科挙に……次韻に従い題す
孫介眉太守が霖岩丈および立菴樸斎を招き、鯉の頭のスープを振る舞い、戯れに歌を詠んだ
題:長椿寺の九蓮菩薩の絵像
岳祠の銅爵
廬抱経学士は雍正壬子の年に弟子員に補任され、今年の壬子……四律に敬意を表して祝う
松坪が七十歳の祝賀に際し、余はすでに詩を詠んで嗣君の次男を祝った……詩には書き尽くせぬ
題岫雲女史『双清閣』詩本
億孫を都へ送り、中書省に任ずる
京口の訪夢楼にて、その雛姫の曲の演奏を聴く
遊楼霞
金陵関:かつての明の都
留別子才
泊燕子磯遊永済寺
遊金陵雑詩
鶏鳴山の蔣侯廟の後殿に安置された仙女像は、おそらくその眷属であろうが、定かではない……詩を詠んでこれを正す
金川門
霊谷寺
水晶屏
報恩寺塔二十四韻
可型内弟自甌寗罷官帰慰贈
県城では菊祭りが盛んに行われており、李燕、雲倩、肖冬子、范健らが交代で務めている……やはり詩が欠かせない。
揚州へ、大まかに言えば仲間たちと共に、青魚の会を開き、碧澗子斉を招集し、そしてさらに……他の皆と共に。
題:銭曙川の『竹初庵図』
題:徐荊山憲副「水石清娛」遺照
奇中丞麗川は、江南の藩伯より本省の次子才を擢用し、江……次子才韻と名付けた。
真州の蕭娘が作る菓子は最も有名で、人々はそれを「蕭美人の点心」と呼んでいる……また『六絶句』ともいう
高旻寺を訪ねて清涼上人に贈る
白頭
9
137 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻三十六
癸丑の初日、長へ出向中の大元帥・舒斎は、大発および景裕と共に、別れの際、これをも送った。
蓉渓八十寿詩
陳渡橋・唐荊川読書処
寿程霖巖先生、八十歳
去年の冬、すでに安定の講席を辞した。今、麗川の中丞がまた私を引き留めようとしているので、その意を詩に記す。
白桃花と旣堂
奴の陸喜は鴨の蒸し料理を得意としており、それを食べて美味だと感じたため、料理人に門……と命じた。これは調子才をからかったものである。
編詩
松のテラスからの招きに応じて、ジュニパー・ガーデンでは歌劇団が公演を行うことになっており、彼らは灯りをともして芝居を上演し、それが夜が更けるまで続いた。
花を見る
友人と共に城外へ花見に出かけた
苦雨
同年、張慕青侍読が安定講席の講師として赴任した際、喜んで贈ってくださった
紫荊園の牡丹満開:農人の春の集いと随筆詩
所見
述菴司寇が新たに刻んだ『大集』を賜り、読了の余りに長句を題し、友人の璞に捧げる
邵松阿と別れてから三十年余り、その間に杭州で偶然出会い、言葉を交わした……席上でこれを捧げる
松阿孫匏風は六歳の息子を連れて、邵氏において私を訪ねてきた。邵氏はすでに四代を経ている。口占でこれを贈る。
匏風夫人の鮑尊が、古の題拙集長句を松阿から取り出して見せてくださった。その喜びと感謝の念に駆られ、急いで筆を執り、お礼の言葉を記す。
『和尊古』の題字の韻を踏む
嘉禾道中
観煮繭
杭州の浙江巡撫を訪問するよう命じられた際、彼は淮河両岸地域から転任し、同時に織物製造の監督官を兼任することとなった。
徳生庵夜坐
霊隠寺
登六和墖
雲楼へ向かう十数里、道の両脇には竹林が続き、人々は緑陰の中を歩く。清らかな景色はただ……馬に乗って遊覧する
西湖の湖や山々を巡る10日間の旅の記録、および雑記や詩を収録したものです。
苦雨
謝潔梅、丁淑莉、阿小東、星希、小燕、香媛、宝川、そしてその他の仲間たちは、何日も一緒にボートレースを観戦していた。
舒城の宿屋の壁に題す
不寐
夜、夢の中で軍に加わったが、賊に捕らえられ、死を免れず、また即座に自決することもできず……まだ定力がないのだ
汪屏周、80歳
長洲の蔣立崖明府は拙詩を最も愛され、かつて杜村中翰に託して……詩を贈らせた
次韻、呉竹橋の別後に見寄せられた詩への返歌
原著
寿敬、義弟の七十歳の祝いに
『嶺南物産図』六十二韻
余伯扶の『孝廉・黄鶴楼図』に題す
銭曙川が描いた竹初庵の風景は極めて優美で、湯樸齋がそれを模して『春……』と題した長句を詠んだ。
遊焦山にて巨超・練塘の両詩僧に贈る
再び焦山寺の壁に題し、二人の僧に贈る
西千故里
湖村
大風宿檀渓港
馬跡山省墓
山行
祥符寺
寺楼に夜を過ごす
暁渡太湖
夜帰
澄心
遣興
学者の包山は、黄平泉のもとを訪ねるため遠くまで旅をし、草庵を訪れて詩を贈り、その後、自身の旧作を披露し……丁重に返詩を捧げた。
原著
論詩
課児輩
汪屏、周二、尹買菊が花を題材に詩を詠み、宣莪の士や検討の楊恒らを招く……詩なくしてはならない
野蔌
暁東の小巖・香遠が私を神仙館での昼食に招いてくれたが、着いてみると客席はすでに満席だった……その感慨を詩に詠んだ
金山の下に舟を泊めて宿る
渡江
感事
『雑書』に見られる
松坪は私の近作の詩を見て、以前の作品ほどではないと評し、良き友の助言に深く感謝しつつ……この書簡を書き、その悔いを記した。
先達である商宝意、厳海珊、袁簡斎の諸公の詩は、すでに久しく刊行されているが、近頃……概ね四行詩を題している
揚州の未堂、西壧、松坪、旣堂を訪ね、春農慕青が連日、親交を記念して近作の詩を詠むよう誘ってくれた
李嗇は生郡の博令である孫週晬と、侍御の王立人が訪ねてきた……これは喜ばしいことである
先日の会合の際、諸公より和歌を賜り、これに応えて再び賦す
王少林太守が宝応の頃から当局に在職し、改めて贈呈されたもの
第四回は前韻を踏む
王少林はかつて陳玉亭の制府の属吏であったが、玉亭が拙を最も愛したことを詳しく述べており……これと同じ感を抱く。
近々、すべてを整理し、近いうちにまたお別れを告げることになるでしょう
王楼村氏の『梅花書屋図』13冊について、その曾孫である少林が賦を詠んだ。
松崖の漕帥、六十歳の誕生日に贈る
静観
麗川中丞が使者として分水舖を通過し、山東・江南の海原を定めた際、海を詠んだ詩があり、その韻を踏んで和歌を捧げる
囲炉裏
巻三十七
揚州での観劇
『題竹』は、当初、袁・趙両家の詩を改作したものである
賀蓉溪 湯翁の曾孫誕生を祝う
焦山の川辺にて、張世傑、元阿珠、董文炳と血戦を繰り広げ……追悼の詩を添える
謝未堂司冦八十寿詩
揚州へ赴き、西巗先輩を追悼する
寿麗川中丞五十
李拙存郡守が皖江の守に転任するに際しての送別文
乙卯の元日
寄寿子才八十
一灯
徐殿颺と湯緯堂の両明府は、いずれも私の同郷の旧知の仲である。一人は金……に逝去した。これを詩に記す。
天河
朔風は激しく吹き荒れ、枯れ木に集まった無数のカラスは、皆風に向かって立ち、互いに重なり合う者は一人もいない……これと同じ理である
官職を誇示する戯書
観音閣碑
魛魨
紅橋
宦嚢
夜航
斎の前にある宝珠山茶の一本、数百年もの古木であり、無数の花がその輝きを放っている……これを詠んで詩を記す
偶題
書架に収納する
北渓謙斎・蓉湖三寿図
暮景
范莪亭は、倪元璐の石画と張……の書による二枚の扇面を得て、その裏に敬意を込めて記した。
周山茨観察老圃の秋の風景図
夏至の頃、長く晴天が続いて農作業が困難であったため、地方の役人が犠牲を捧げて雨を祈願したところ、突然恵みの雨が降り続き、喜びのあまりこの詩を詠んだ。
趙通、葉勝宝、高永楼による『睡蓮を観る五首』
武進邑侯・湯春叔への贈り物
蔣于野秀才に贈る、水竹の数軒の書画図
蔣蔣山秀才への返答
争名
宴席にて詩を求められた方へ
楊斐園研堂長巻
聞くところによると
冬の日、朝粥の代わりに牛乳一升を飲み、ふざけて絶句を詠む
張松坪の追悼詩
かつて我が地を治めた芸浦中丞が、今や三呉を統治するにあたり、わざわざ立ち寄って修を訪ねてくださった……長句賦を贈る
送豫堂学使還朝
劉雲房少宗伯が江南を視察し、旧交を語り合うに際して贈った賦
自嘲
『邸抄』を拝読し、九月三日
六十年もの間、天下を平定し功を成した後、彼は再び全精力を秘教の伝承に捧げ、自らの高潔さを嘲笑った……そこには天の加護、すなわち謙虚さがある。
重輪 熙朝、事事皆佳話、二度目の元年、丙辰
巻三十八
嘉慶元年元旦、筆を執る
履端の朝、雨は膏の如く、椒酒は今年、豪快さが倍増する
芸浦中丞が私、鄧尉を招き、梅夢楼芷堂先生が蘇で待っている……野秀才
『霊巗山舘』の題字
近人の詩稿を読んで、ふざけて題した
七十自述
女史・駱佩香「聴秋軒」詩集
『佩香秋灯課女図』の再題
慈孝松歌
計五官歌
高旻寺鑑公房にて夜に牡丹を眺めつつ記す
揚州で芍薬を買って持ち帰ったが、斎前の宝珠山茶はすでに咲き終わっていた
題:楊随安『明経漁樵問対図』
湖南の牛苗や湖北の異端の教団が相次いで騒乱を引き起こし、軍隊が攻撃して鎮圧したものの、まだ根絶には至っていない。江村はこの知らせを聞き、不安を払拭するために詩を詠んだ。
題:呉双湖郡侯の琴を留め鶴を放つ図
シャオ・ソンアさんの歯が一本抜け、その場所に新しい歯が生えてきました。いわゆる乳歯です。お祝いの言葉を申し上げます。
蔚亭方伯が虎邱を訪れ、八章の詩を得た。その大意……長歌をもって応じた
蔣春農の同年の追悼詩
竹初は導引の術を用い、顔に若々しい表情を浮かべていた。どうやらすでに道を学び、何かを得たようだ。冗談めかして贈る
最近、詩集を出版した十数社の作品を読み返した際、ふとした思いつきで一首を詠んだ。
題:徐惕庵の皖杭遊記
傅文忠公は、その子である嘉勇公の功績により郡王に封じられ、公の爵位もそれに倣って追贈された……『敬成四律』
蔣心餘が息子を連れて廬山を遊覧する図に題し、令嗣の師である退孝亷のために作
題:金玠堂の書斎にて、ふと筆を執り
読宰輔編年録
偶書
蘇州元妙観の三層楼に登る
質素で謙虚な人物である謝成陽は、高明寺に滞在した。翌日、景公と共に金峰と交峰を訪れ、趙…と会い、干兜寺に滞在した。
秦良玉錦袍歌
石刻諸葛忠武侯像歌
チベットの都に駐在していた綿州の知事、劉銀玄は、蜀に戻り、感謝の意を表して遠くから仏像を送った。
香山の詩を読む
方干の詩を読む
『東坡詩』を読む
湖南とミャオ族の首長たちが処刑されたと聞き、彼はその喜びを詠んだ軍事詩を詠んだ。
人参詩
題:陳東浦藩伯『敦拙堂』詩集
金二雅が『禊遊図』を描き、蘭亭の書体を序文として用いた長巻に対し、題名を求められ、その後に戯れに書き記した。
題:黄陶庵筆による詩集
10
161 ページ
表紙
裏表紙
甌北集
巻三十九
丁巳の正月、芷堂が雲間から来て、私の七十歳の祝杯に加わり、別れの詩を詠んだ。
大箐中古藤
呉梅村が詠んだ陳相国の拙政園は、現在蒋氏の所有となっており、崖の上に……という詩を掲げてその愛好を記している。
蔣立崖の『虎邱』に東坡の韻を踏んで詠んだ作品
題:蔡義士の『永清の柳陰に閑坐す』図
『立崖詩』を校訂した後、杜甫の『壮遊篇』を調べてみると、「東に姑蘇台へ至り……」とあるが、遺跡は現存しているだろうか。
揚州の寓斎に椿の木が一本、高さ五丈余り、樹齢数百年。夏の日に涼をとれば暑気を感じず、詩を詠んでこれを記す。
『明史』を読み、流賊の事柄に感銘を受ける
馬蹟山へ
王平州は自宅にて、かつて文客の邸宅に滞在していた画家・張玉泉と再会し、大いに喜んだ……これを石西の副監察官に送った。
子才は、双湖の太守が娼婦を禁じたことを詩にして解説し、その後に戯れに題した
渡江
題嗇生『徐州勘災散賑詩』巻
題曾賓谷運使邗上題襟集
病気の治療
書感
麦の収穫期、猛暑の中、ようやく収穫を終えたところ、一尺余りの大雨が降り、野原一面に田植えが行われた。この喜びを詩に詠んだ。
夏寒
塞外の友へ
雨は止まない
張友棠氏に贈る 孝亷
野泊
張瘦銅の家族を訪ねたが、彼を知る者がおらず、感銘を受けて賦を詠んだ
沈旣堂先輩の蔵書移居図
『瓊花観図』長巻
他人のために絵に題字を記す
王予中先生の『白田存稿』を読み、敬意を込めて記す……その由来には当然の理由がある
以前、立崖で虎邱の詩を詠み、杜閣を築いて仰蘇楼と対をなすよう勧めたのは、まさに……その約束を固めるためであった。
立崖の諸公が杜閣を建設中、東浦の藩伯および李松雲、任曉村……に、韻を踏んで寄せる
『任太守の書』の末尾に戯れに題す
一匹のライオン猫を飼っているが、その毛は非常に長く、暑い夏でも抜け落ちない。戯れに書いた書
『洞庭尉・程前川に題す三百首の梅花詩』の写本
顧晴沙は梁溪の詩を選定し、その旧稿を恵山の麓に埋葬して碑を立てた……七言古詩一首
銭梅渓が、その尊母の「養竹山房」の図に題した
哭偉児
七夕は偉児の三七の節句である
追悼補山使相
聞秋帆制府墜馬得風疾寄慰
再び偉児を悼む
秦と蜀の軍が協力して流賊を討伐し、勝利を収めたとの報に喜び、賦を賜る
答子才見寄之作
顧晴沙の追悼詩
湖海
杜詩を読む
『少陵壮遊篇』の韻を踏んで、杜閣への想いを託し、併せて東浦藩伯の松……立崖明府に捧ぐ
夢の中で
秋帆の訃報に寄せた追悼の辞
ホワイトの祠にちなんで『虎丘路のホワイトの祠の詩』と題された
滄来刺史が婁東から来て、我が常婁の守を代行した際、民衆が送った者たちが、蒲道に絵を描かせ、題として四つの絶句を記させた
大使文成の讃辞
鄒蓮浦の小さな写真に題す
子才はかつて私の追悼詩を求めてきたが、幸いにも何事もなく済んだ。今、腹痛のため揚州で療養中だが、また私に追悼の詩を求めてきたので、その旅立ちを遅らせるべく、冗談めかして再び詩を詠んだ。
景陽
鈔関を出て舟を漕ぎ、高旻寺へ赴き、鑑公練塘を訪ねる
題:崔景高の書画コレクション
また題に「景高小照」と記す
程晴巖の肖像画に題す
中秋の後、暁村の太守が遊覧に招き、懐杜閣へ……蘇楼の下に題す
三賢祠は塘の北にあり、舟で斟酌橋から入れば門まで一直線に行けるが、橋は……詩を添えて補記する
再び『懐杜閣』に題す
題査惕存検書図
張敬業の肖像画
『法梧門祭酒の詩龕図』に題した詩
題:佩香画「桃花」小幅
再び偉児を悼む
『閲邸抄』に「賊が利川に到来した際、邑令の尹英は隣邑の周景福と協力を図り……大勝を収め、喜びの賦を賦した」とある。
芸浦中丞は閩疆へ赴任し、数ヶ月も経たぬうちに再び命を受けて江南へ赴き、呉の民は歓声を上げて道に溢れた。そこで詩に記し、即座に贈る。
題:汪韡の『懐比部・松渓漁唱図』
謝薌泉侍御が焦山から船を出し、金山で月を観賞した図
題:周竹樵『国博抱琴聴泉図』
題:程湛の『漁樵双照』
素食招夢楼佩香小集寓斎
揚州にて陸朗夫中丞の子である文駉と出会い、感銘を受けて賦を詠む
陳樹齋軍門の題字による「禅図」の小写真
周松靄の杜詩双声・叠韻譜の要約
賊が蜀に侵入したと聞き、明公将軍が索倫・吉林の兵を率いて追撃し、万を討ち取った……日、喜びの賦
袁子才の追悼詩
王西荘の光禄輓詩
長年にわたり、孫伯賢、畢秋婉、二人の省知事、阿雲彥……らは、切ないほどの哀愁を覚えてきた。
蔣瑩溪納姫への戯れ
大晦日
巻四十
戊午の元旦
蒋母・陳太恭人の七十歳の誕生日を祝う詩
春仲の旅
蘇州にて杜閣の後楼に想いを馳せ、その時の出来事を記す
昨年、偉児が療養のために滞在した宿は伍相国の祠の東にあり、今日ここを訪れて感極まり、詩を詠んだ。
庭園の主である于剛が、所有者の邱雲岑にこれを贈った。
兄の八十歳の誕生日を祝う詩
題印:淞汀、同年の友が机に寄りかかりて書を読む姿を写した遺照
痩銅子・孝彦が訪ねてきて、涙を流したため、詩を詠んだ
題:単竹軒山水知音図
題短簿祠
題:銭疁『田林屋夜遊図』 兼て尊人・竹汀宮詹先輩に捧ぐ
述菴・司寇・竹汀・宮詹・過懐・杜閣・寓齋による小集
3月10日、寓斎の前で牡丹がようやく一輪咲き始め、翌日半ば開いた……雑記として詩を添える
暁村太守は連日、三賢祠にて客をもてなしており、私は旅人としてたびたび席に招かれ、雅なき思いを詩に詠んだ。
三聖の祠は、村人全員の尽力により完成しました。詩を詠み、酒を酌み交わし、和気あいあいと集うことで、私たちは先人たちの洗練された伝統をしっかりと守り続けています……これは、後世の人々への戒めとなるでしょう。
『春蘭禁体』および『呂叔訥広文』
呉の学生たちは、私の到着を聞くと、しばしば詩を携えて訪ねてきたが、それは私の社交能力や詩作の才能をかなり試すものだった。
『別寓楼』の壁に題す
題:瞿花農『洞庭泛月図』
歴史を読む
杭州にて旧友の謝蘊山藩伯と会った
同窓の馮星石と会った
雲山、昭通、興、石湖、博、遊、燕
『星夢蘇草堂図』の題字に際し、すでに『蘇詩合注』を著し終えた
禁体詠西湖
西湖の楼閣に寄せた随筆
呉江の船上で、ふと偉児の夢を見た。朦朧とした意識の中、彼が海を渡って去っていったという話を耳にし、思わず胸が張り裂けるような痛みを感じた。
梁製観世音像歌
同時代の友人、向仁の祠堂を訪れた際、儒者の清石の邸宅にて記す
胡豫堂総憲を悼む
虎邱万丈楼に題す
丹陽道中
4月22日:鎮江の「道天節」は雨のため延期となった。夢楼で酒会が開かれ、尼僧が席上で音楽を披露し、即興で二首の詩を詠んだ。
佩香女史は、私が到着したことを聞き、手紙を送ってわざわざ招いてくださったが、用事があって赴くことができなかった。その厚意に感謝し、ご馳走をいただき、また素晴らしい詩を賜ったことに、その韻を踏んでお礼を申し上げる。
佩香・叠韻・索和・再奉酬
都天会
九言題『呉竹橋小湖田楽府』
新開河から金陵へ、子供たちを秋の試験に送り出す
慶晴村は尹文端先生の第五子であり、かつて都で私と同級生であった……三律を謹んで呈する
棲霞にて竹濤上人を訪ねたが会えず、贈られた
桃花澗
かつて、偉児と共に金山に登り、小舟で再びその地を通り過ぎた際、感極まってこの詩を詠んだ
河岸の草を食む牛を見て感銘を受け、賦を詠む
題:甘雨応期図
揚州、澂埜編修を悼む
祝芷堂侍御に捧ぐ
時斎副憲子紱林は、恩廕を得て南へ帰省し、墓参りの途に立ち寄って旧交を語り、感銘を受けてこの詩を賦した
費中丞の寿詩
草塘河は偉児の埋葬地である
題:邑矦周石雲『戯馬図』
題:孫子の瀟望子重生図
五哀詩
父執の杭応龍先生
元人事大臣、王文達卿
故相国、贈郡王、傅文忠公
かつての御察司左監察総監、関部閣の公
故公相阿文成公
四哀詩
杭白峯秀才
張瘦銅舎人
家璞函主政
徐秋園別駕
巻四十一
巳未の元旦
感事
春雨
春の寒さ
邸抄
文士橋が監察総署の副監察官に任命され、その後、監察官に昇進した際、彼は祝賀の詩を詠んで送った。
哭敬輿内弟
ここ数日、高官たちが相次いで急死しているが、それは奥の支援を失い、連座を恐れたためだと伝えられている。口伝の根拠のない話だが、一笑に付すべく記す。
雨の中の杏の花
また雨
題:管松巖の蒲団に横たわる姿
五月十五日、俊の妻が湯病により亡くなった。年老いた身にはこのような出来事が頻繁に起こるが、いかにしてこの思いを晴らせばよいのか。感銘を受けて賦を詠む。
老境
同年、李雨材観察使の書簡を受け取ったのは嘉慶二年十一月朔日……四律を寄せて答える
于淳の著書によると、彼が広東の学監を務めていた頃、学者の于子がある粗末な碑文を献上してきたという……その話は、ほほえましい結末で締めくくられている。
張孝女詩
老杜の諸将を模した作品
山歩きで紅葉を眺める
秋成大稔喜賦
湖畔に夜泊す
感事
甓社湖隄守風
蔣畤南中丞が政を退いた後
浦制府の二公は、いずれも私の門下生である。
袁浦帰途作
新豊道中
馮涇道中
知らず知らずのうちに
『白香山集』への戯れ題
逆風翁
夜更けに寝床で本を読む
華墅
秦望山への道中
偉児の埋葬地を探す
『閲邸』より、官軍が連戦連勝し、賊の首領ら多数を捕らえ、殺害した。残りの賊も順次討伐できるであろう。喜びを記す。
重過霊巗山館
息陰
梅を嘲る
大晦日の雪
新春、寒さが厳しい
元宵節の夜、月なし
暮雪
畤南漕督両疏乞休得
宗室の公思元、虞山の女史・帰佩珊がそれぞれ詩を寄せ、序文を依頼してきた。同日に届いたことに感銘を受け、これを賦した。
『女史帰佩珊繍余集』への題辞、すなわち寄贈
楊舎城の北で望海楼に登る
所見
乞活児
珠林殺賊歌
再び虎邱を訪れ、三賢祠に詩を詠む
時折見かける
葺屋
自筆の肖像画
田山薑『大通橋秋汎図』は馮鷺亭編修による作品である
問魛魚
酔蟹
酒間と味堂の司寇が都の昔話を語り合い、感銘を受けて賦を詠んだ
揚州にて諸同人に別れを告げる
蔣瑩溪別駕館の愛妾が揚州から長江を渡ってやって来て滞在した際、冗談めかして贈った
高旻寺に泊まり、鑑公に招かれて放生河の別荘へ遊覧に出かけた際、練塘と竹濤の二詩を詠んだ。両僧ともここに住んでいた。
放生河での戯れ——練塘・竹濤の両上座に贈る
雨が多い
花蝶
戯老
儒餐
中庭で月を眺めていると、突然、孫娘が「月は酒杯ほどもある」と言った。思わず驚いて聞き入り、……そのことを詩にして記した。
秦書
記異
閑極
山塘
再題廿二史劄記
拙衣
僮約
白香山と陸放翁の詩を読み、二集の戯作
金子蔵が太平寺の自宅を訪れ、玉堂の巻物を乞い求めた際……彼は謝罪の意を込めてこれを記した。
言論の罪によりイリへ流刑となった洪子春が編纂したもので、赦免を受けて帰還した際、その喜びを記したものである。
徐尚之明府への贈り物。癸未の年に重病を患い、その父君である季常……と親交があった。
梅雨
端午の日の競漕は古来の習わしであるが、今年、郡城の好事家たちが装飾を加え、さらに盛んになった……実に憂慮すべきことである。
田植えの時期に突然大雨が降り出し、十数日間も止まず、水害が心配な状況となった。
雲渓の夕べの散歩
題:史右、張小照
夏の夕べ
『夜不寐』の作
古い簏の中から、かつて京に滞在していた頃に描いた『鷗北耕菘』の小さな絵を偶然見つけ、巻末に戯れに題した
放歌
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