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環天室詩集
図書
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環天室詩集
曾広鈞
中国
古代
図書
公益
全文読解
元の言語
収録
書名
環天室詩集
所属
中国
言語
古典中国語
著作権
著作権が切れている
著者
清朝
:
曾広鈞
印行
言語
繁体字中国語
印行
糸綴じ
縦書き
著作権
著作権が切れている
目次
/試し読み
計2冊 277 ページ
1
111 ページ
表紙
裏表紙
『五古』巻一
西梁山に登る
『古意』を韓兵部に贈る
庚辰の正月十四日、月見
陪黄恕、共に侍郎となり、南郷にてその功績を称え贈る
荊軻詠
擬招隠
徒歩で湘川を渡り、道林寺へ赴き、笠公と共に食事をした
昭山を経て暮雲へ
叔父の威毅伯に付き添い、江寧を出発して一日で楊州に到着した
癸未の秋、易孝廉・順鼎に答えて
従兄の広敷を還州の邸宅へ送り、図経を校正させる
題章:人丈
鄭維経閣号船にて、江寧から安慶を経由して漢口へ。鄧弥子氏、呉吉夫氏、黄中粟氏および同窓生二名と共に。
『勃海行』より、合肥の相国が世子・伯行を日本へ派遣した際の送別
欧陽邁と共に馬車を並べて近郊へ
東城の高且長、湘綺伯、厳諸公らと共に開福寺にて作し、玉池老人に呈す
石廪東一峰は芙蓉山で最も高い頂上である
客を招いて京口へ遊びに行き、北固に登って蒜山を眺める
陳子浚の「帰湘郷」に次韻して
胡子威の韻を踏んで
胡子瑞の韻を踏んで
阻雪万歳湖
湘西龔鄧貞女節孝詩
贈秦子直作郡閩中
贍龍遜斎
『匡山篇』――南撫建観察使に赴任する劉大夫への贈り物
『七古』巻二
西施を詠む
『春江花月夜』の擬作
謝敬梧氏宅にて
余光禄の遺詩に題す
宜和の10月、江南から都へ上京しようとしていた文道希という士人に、贈り物が贈られた。
清江浦へ送る陳子浚
『銅柱行賦』——潘琴軒中丞の広西防務督察への赴任に際して
代郭元略茂才作、十二月楽詞、李賀に擬す
王壬秋に贈る文(呉)
『春霖行』――楊石泉漕督の赴任に際して
金陽軍との共作による『静安寺の鐘の音』
河南巡撫劉景韓中丞への献呈
督隊が双台子に到着したその日、湘豫の敗残兵四、五万人が略奪や放火を行い、食料を求めて暴れていた。余は馬を駆って諸軍を鎮圧し、ようやく部隊をまとめ上げた。
桂林の譚将軍は12ポンド砲を4門保有していた。残りの砲兵100名と牛車隊が敗北した際、譚将軍は戦死した。100名のうち26名が生き残ったが、そのうち7名は重傷により死亡し、4名は軽傷ながらも後遺症が残った。これは実に悲惨な出来事であった。
陳程初、軍門に招かれて開福寺で酒を酌む
『鉱物論』 周元範に献呈
河橋篇 雲南の空席となった府の官職に就く曹竹銘先輩への贈り物
題:陳笠の唐の同窓生による東山草堂図
『読蔵園詩』を読んでの感想
『広州謡』を許奉新に送る
戊戌年の閏月上巳の日、広西按察使の蔡稼堂が月牙山にて宴を催し、この詩を賦して、郎双畱に別れを告げた。
鮑春霆は軍を率いて長沙の忠臣の子孫たちを率い、ロシア軍を防ぐため遼東へ向かった。多くの将校はかつての知人であり、その家族たちは酒や食事を携えて船に乗り込み、彼らを見送った。皆、忠義を説き、涙を流して服を引っ張ったり、足踏みしたりする者は一人もいなかった。そこには、車轔駟鉄の気概があった。
五律巻三
喜曹次謀師捷順天郷試
「皇帝陛下の二十日目の万寿聖節に際し、楊巨源の『春日奉献・聖寿無疆』の詞の韻を踏んで十首」
古別離
陳伯濤と月暈を見る
酒:包昌将軍が、初めて主人の新居を訪れた際に、太太杜から贈られたものです。
上海県城作
『近人の伝奇』の後に添えた四首
別袁叔萸茂才、杜公の「秋日夔府詠懐」を用いて、鄭監・李賓客に捧げる芳詩百韻。当時、私は湘郷へ帰ろうとしていた
オスマガ国と吉長公主の上海旅行記
呉蓉初と共に東遊し、その兄である雁舟が私を湘陰まで見送り、帰路についた。別れ際に即興で二首を詠んで贈った。
龔仰蘧京卿の西欧への使節派遣に際して
秦王島にて馬上で即興で詠んだ詩
座主・潘文勤公の輓辞
古別離
同年、司法省の王炳清と興布克奇は、祖父の誕生日を祝して百行の詩を献じた。
嘉崇熙皇太后による「曹宋」の様式を模した六十句の献詩『景仙』
2
166 ページ
表紙
裏表紙
環天室 古近体詩類選
七律 巻四
丁丑年の初日に北京へ謹んで送り、実家の父に献上する。
戊寅年の2月、母に付き添い、弟を連れて安慶から江寧へ向かった
己卯年の正月9日、琉璃廠にて集まりを観る
舟に乗り一晩、酒を酌み交わして即興で詠んだ。かつて雲梯関から清江浦へ帰る途中に読んだものだ。
蘆林潭にて月を仰ぎ、故郷を偲んで即興で詠んだ回文
南方の友人や親しい人々への別れの挨拶
紅拂の墓にて、饒石帆の韻を踏んで
左文襄公の追悼詩四首
丙戌の冬、両江督署にて伯父である侍郎公に捧げる四首
題入『散髪扁舟図』
和侍郧伯次韻畣王壬丈
陳程初軍門の還暦祝賀詩
之罘の舟上、月夜に畣の韻を次いで袁漱萸
鄭蕉籠の無題
威海から旅順へ向かう途中、呉君濬が詩を携えて会いに来たので、その韻を踏んで和歌を詠んだ
合肥の相国が試運転中の汽車に乗って唐沽へ向かう途中、即興で詠んだ詩
己丑の元日に筆を執る
人日の日、微陰と共に従弟の慕陶、従妹の倩、凌五、寿蓀らと馬を並べて黄玠甫・鄧子賢の所へ赴いたが、会うことなく帰路につき、その道中で即興で詠んだ
『和』を贈り、淮揚道の郭慕・徐舅氏に献呈する
別離の詩 十六叔母・瑜遠雲韶の従妹への詩一首
叔福威毅伯晋太子太保上六長句
謹んで拝読 『邸鈔』より
朝考二等改庶吉士紀 恩
蘇州から上流へ帰還する呉彦周、黄紹熹、およびその同級生たちへの即興の別れの詩。
陳曼秋宜都県令への献呈
ミウ・フーゴン・イェンフーの『春を送る』に答えて詠んだ詩
『劉勇介公伝』の末尾に、叔祖・威毅伯が記した文章
夏康侯芙蓉山房詩集
郭慕徐舅氏の韻を踏んで
近時の雑感
英国人への贈り物 中国副将マクニー・ウィリン
遊滬南外国公主塔
滬上で李伯行に別れを告げる
航海士・呉宋著、瓊年第二季に登州海へ入る。
次韻袁三叔瑜重渡海
徐研芙を四川の試験官として派遣する
ロシアの総兵サシが馬を贈る
潘文勤公の夫人の追悼辞
梁任甫
尹和白への贈り物
劉太保の邸宅を再訪して
方広石澗泉寺
南嶽祝聖寺を巡る
方広寺の僧に贈る
李鄴侯の読書台の壁に題す
観音岩
上 和碩醇親王
辛卯の秋、休暇を取って湘へ帰った。冬が迫る中、連日の雨が降り続き、雨止みもすれば十日余りにわたり陰鬱な天気が続いた。湿気と瘴気のせいで、少しばかり体調を崩してしまった。私は床に伏し、岩や渓谷の静けさを満喫していたところ、数人の知己が薬を送ってくれた。その高潔な友情に感銘を受け、本心を述べるべく、畣董仙舟の『城固令』二首に倣って詩を詠んだ。
娘の宝蓀のために楷書で書いた
塘沽塩場 望海・周曹・東瀛・王澤寰
臨諸城相国への書
祖、晋陽君を白下まで見送る
斉河題壁
多景楼に酔いしれて
金山再訪
蓮塘
重展 晋陽君阡蓮塘
南横街の旧宅を通り過ぎる
無題
雪花
『王定安の『鼎丞塞垣集』に題した二首』
連日、小型蒸気船の件について数千字の草案を執筆し、数十人の客と面会した。自嘲の意を込め、同人に示す。戊戌年5月、二首
涓水を遡り花石に至り、宿屋に泊まり、女子の袁秀貞に贈る
慧公に西岳への贈り物を送る
長沙の旧居を偲んで
蘇台紀事
乙未の重陽の二日前、黄崇明に思いを寄せて
国弈・趙覚民に贈る
武昌郡楼待月
晋陽君の命日に夢を見た
幼梅は夫を失い、その悲しみを綴った詩を見せてくれたので、これに応えてさらに詳しく詠んだ。
潞河の出来事
杜翹生に贈る 本崇典試貴州三首
すなわち、中島時津雲、日本の旅行官・成原陳正
江建霞の韻を踏んで、共に陸生を訪ねる
楊衣馴の韻を踏んで
『二畝甸より方広へ』二首
過江甯督署にて、晋陽君の旧装楼を偲ぶ
刑部主事から知県に転任した俞恪士に贈る(天津にて)
洪佑臣の韻を踏んで、諫官に任命された際、著書『龍岡集』に題した五首
成山を越えて罘山を望む 二首
族兄の広照へ
関外へ初めて出る
次韻題李介人箑即送其之西征幕二首
江少谷の韻を踏んで
『以軍事』より 李健斎光久への詩四首
劉蘊玙璠への贈り物
李季龍の韻を踏んで
蓮の花の誕生日に捧げる二首
畣李孟宣の韻を踏んで
丁酉の大晦日、嶺南節慶事務所にて、『詩経』の様式に倣い、新任の秘書長および省行政の諸氏に献上する。
梧州柳枝詞 戊戌年三月 三首
数日間、梧樹のほとりに停泊していたところ、隣の船に乗っていた才女・孫瓊玉が『紫微』に詩を投じ、和詩を求めてきたので、その韻を踏んで詠んだ。
梧州にて作
陽朔に入ると、竹の若葉のような峰々が束になって天を突き、水は鏡のように澄み渡っている。赤や紫の玉石が散りばめられ、夕陽が西に沈む中、舟は金色の光と墨色の水の間を往来する。この世のものとは思えない景色の中、岸辺には多くの砂金が堆積し、それを洗う女性たちが大勢いる。
陽朔の舟上から劉谷懐に送る
盛星が宣懐を招き、同曾・広照を誘って酒を酌み交わした
呉の漁川を招き、重陽の日に江亭に登り、そこから天津へ赴いて李相を訪ねたが、彼は来なかった
『黄鹿泉に贈る 直刺の官として滇南へ赴く』四首
七絶 巻五
環天室 古近体詩後集
各国がすでに軍を合わせて京師へ向かっているとの報を受け、危惧と様々な意見が交錯している
桂林にて作
興安を越えて唐橋に至る
湘源にて赤馬を得て、その疾走ぶりが際立っていたため、「胭脂快策」と名付け、湘陵の波を渡らせた。障泥を通り過ぎる際、その毛はすっかり濡れたが、馬は恐れることなく、なおも軽やかな歩調を保っていた。
衡州にて遊風と出会い、陸路で南岳を経由し、方広山へ巡礼した
方寅の鬼谷洞にある茅葺きの小屋は、私が3年前に隠遁の地として計画した場所である
宿黄茆、五虎山にて舜陵を望む
湘潭を経て譚隠君に贈る
釣りに出かけて平塘に船を停泊させ、墓参りのついでに農家に泊まり、翌日伏龍寺を巡った五首
天南海北、雁の列のように集い、詩を賜り、従弟の広銮に贈る
桂管の命を受け、京陝へ急行する途中、蒸陽を出たばかりであり、家からは一日分の距離にある。まだ安易に帰るわけにはいかず、詩を送る。これを家書と共に送る。四首
上海へ発ち、李亦元に別れを告げる
広肇山荘道場へ戻る
天津に到着し、陛下が潼関に三日間ご滞在中であることを聞く
9日、通州にて王鉄珊・芝祥の旧宅を訪れたが、瓦一枚残っていなかった。
車で東便門へ入る
入都の際、長沙東館に滞在したのは、甲午年と乙未年の住居であった。
李亦元・希聖刑部の韻を踏んで
嬰武州、祢衡を悼む
冒鶴庭の韻を踏んで陳叔伊に贈る
戦乱の後、通州にたどり着き、麦に会う
論楽・師曠に贈る
秋声の答、程海犀の讃、万
題:龔懐西蘧荘第一図三省
黄小宋益壮図
武昌提刑司の梁星海が都へ赴き職務報告を行うに際しての献辞
丙午の九日、南皮公の招きにより洪山の宝通塔にて酒を酌み交わす
許奉新の側室・梁夫人の遺集に題された四首の詞
延陵氏の三代にわたる純孝を称える
章縵仙・華工部の韻を踏んで
再び東館を訪れ、かつて私が書いた桃符はまるで新しくなったかのようだった。移り住んだ場所で植えた梅は寒さに耐え、咲き出そうとしていた。ただ碧桃だけは、雪に覆われ、枝が折れてしまっていた。そこで、回文でこれを記す。
長沙にて、諸国へ派遣され憲法を調査・研究する端尚書に捧ぐ二首
庚子の落葉詞 李亦元・王聘三との共作 十二首
碧雲寺にて乙未の秋に徐尚書用儀に随行して遊んだ場所を訪ねる 壬寅
武昌を経て、梁節庵太守先輩に贈る三首
寿函楼老人の80歳の誕生日
尹和白への再贈
武昌の花園山にて韻を分け、鉄路を詠じ、東籬の下で菊を摘み、悠然として南山を見る。余は「悠」の字を得て、百二十の韻を詠み、南皮公に献す。
余、資水のほとりにて上流へ遡り金を採る、遂に水の源を極め、病を述べる(二首)
汪九頌年新簡 山西提学二首
廖笙陔珠泉詩集
汪衮甫が栄宝を携えて湘州を訪れ、諮議局の譚組安、馮星槎、曾孳元ら三人の諮議官と天心閣で宴を共にした際、同席していた胡子靖監督と楊皙子京卿が即興で詩を詠み、衮甫の帰京を祝うとともに、同席した諸君への贈り物として三首を捧げた。
趙芷孫侍御啓 霖とは久しく会わず、官を辞して里に居たところ、忽ち四川提学の命を受け、会垣に赴くこととなった。余に語り、陸君申甫が余の病を憂い、その情は極めて篤いとのこと。口占にて趙に贈り、併せて申甫に二首を送る
申甫が簡蘇布政から天心閣への送別会に招かれて詠んだ二首
『楊石泉宮保の『昌濬奏議詩集』の造像に題す』
熊秉三は、希齢の時に東三省の財政官に任じられ、長文の手紙を送ってきた
常甯の松柏市にて笙陔が仙雲楼を建立し、これを記念して詩二首を詠む
笙陔の夫人、清河郡君の神道詩二首
弟の哀に代えて、楊文敬公
陸生『韜庵衷詞』
沅江沿いの宮垸堤で稲作の様子を眺め、風に乗って網船に乗り、赤沙湖へ行き、大綱と張魚を詠んだ二首
敬和 家慈が記録・保存した 四姨采馨居士の遺稿
敬録 家慈・芸芳両老人の詩集(原著および序文を含む)
湘绮先生と呉子修、譚芝畇との間で交わされた韻を競う詩、および瞿相国が新築した超覧楼に登り、歳を惜しむ詩について、庚戌の年の初めの五日、諸稿を手書きで示され、和詩を求められたので、その韻に従って詠んで答える
梁壁園兄弟の『五橘並蒂図』
『遊仙詩』と『璧園艶体』の四省
苔梁が庭を開いて贈った
寧郷の黄蕙清による貞女の詩四首
郭園公讌迥文
庚戌年3月4日および5日の連日記。
宣統元年嘉平の月に詩集の版木を彫り始め、二年目の孟夏に完成した
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